本『「べてるの家」から吹く風』のご案内 2006年5月28日
|
2002〜2003年に掛けて、べてるの家の本の出版ラッシュがありました。相乗効果で、あの本も、
この本も、読んだ! という方も多いかもしれません。
詳しくは 《べてるの家 本の特集》 を、参考にしてください。
久々の「べてるの家」関連本! しかも、著者は、べてるの家を、ずっと支えてこられた医療ソーシャルワ
ーカーの向谷地生良さん。面白いに決まっている!
|

|
「オニババ化する女たち」の著者として注目を浴びた三砂ちづるさんが、東京新聞に、『「べてるの家」
から吹く風』の書評を書かれましたので、転載します。
北海道浦河にある精神障害をかかえる当事者による施設「べてるの家」が注目され
るようになって久しい。「べてるの家」を支え、向き合ってきた作者がこの本で、
「べてるの家」の母体となったキリスト教会について書いている。
キリスト教会?はっとした。「べてるの家」はキリスト教会が母体だったのか。思
えばあたりまえではないか。日本中にべテルを冠するキリスト教の施設はたくさんあ
る。なのに、「べてる」が「神の家、天の門」というキリスト教の言葉であることす
ら忘れていたのである。しかし、そんなあたりまえのことさえ忘れるくらい、「べて
るの家」は、キリスト教抜きに有名になっていた。「べてるでね」、と摂食障害の友
人が話すとき、そこは、寄り添う場所、共有する場所、居場所をもとめるひとの
場・・・を意味する。「べてるにいきたいなあ」と、うつ病をわずらう友人が話す。
それはもう、「いつかあこがれのディズニーランドに行きたい」というのと同じレベ
ルのはれやかな言い方である。わたしもまた、「べてるの本がね、すごいの
よ・・・」という言い方をしていた。なんとうかつに、なんと気軽に、べてる、はキ
リスト教由来のなまえであることが忘れられるほどに、生きにくい日本の今を生き伸
びようとする人たちに、口にされるようになってきただろう。
北の果ての寒き地、少数民族のくらす地で、苦しむ人々によって生活が紡がれる家
のことを、心のよりどころをなくしてしまった日本に住まう人々が、「ああ、べてる
ではね・・・」と呼ぶようになったこと。それこそが「神の門、愛の家」にふさわし
い。べてる・・・時空を超えて、この極東の地で、親しくその名を呼ぶ、苦しき人々
のいることを思え。
安心して絶望できるように、と作者は書く。一人一人のうちにやどる霊性。それら
が受容、ゆだねる、という関係性のものとにこそたちあらわれる、ということを、私
どもが忘れて久しい。
べてるからの風よ、吹け。
|
本『「べてるの家」から吹く風』
向谷地生良著 ・ いのちのことば社刊 ・ 1300円 + 税
「べてるの家」でも、販売しています。
|
こぼれ話 メニューへ戻る
|