ひとり新聞 2001年1月5日号 <チャレンジャー>
言語聴覚士の遠藤先生から、2月に開催される「若い失語症者のつどい IN紋別」
の資料が届きました。
参加者25人。失語症の若者が東京地区から7人、北海道地区から2人、ご家族の
方やボランティアが16人参加します。
東京地区から一人で参加する失語症の方も、
4人いらっしゃいます。
その中には、今までどちらかというと閉じこもっていたという方もいます。
若い失語症者の皆さんは、仲間との出会いを通じて、どんどん前向きになっている
ように感じています。
懐かしい再会もあれば、初めての出会いもあります。
新たな出会いが、また何を生み出してくれるのか?
私までワクワクしてきます。
送られてきた名簿を見て、「さすが!」と思いました。
遠藤先生は、このつどいに参加する若い失語症者の皆さんを
“チャレンジャー”と
表現しておられました。なるほど、そうですよね。
右片麻痺で装具を付けている方も、
道内の方は車椅子の方もいるのですから・・・。
しかも極寒の紋別で、オーロラ観光とガリンコ号に乗ろうというのです。
彼らが“チャレンジャー”でない訳がない。
“チャレンジャー”という表現に、感心しきりの私ですが
「所沢失語症ライブ」では
遠藤先生が、失語症の方を“ことばの不自由な方”と
表現されていることに
深い共感を覚えています。
遠藤先生には、治療者として会う機会のある方もおられると思うのですが
「失語症ライブ」は別物と考えておられるようです。
ことばの不自由な方とボランティアがペアになって、辛く苦しい道(?!)いやいや
嬉しい楽しい道を二人で乗り越えて行く。
そして、それを仲間が応援してくれる「失語症ライブ」。
遠藤先生は、私たちの道しるべとなり、楽しいことばの芸を披露してくれるのです。
“治療者”としてなら
“患者さん”と呼んでもいいのでしょうが、私はボランティアです。
“患者さん”ということばに抵抗を感じて、
私も“ことばの不自由な方”を使っています。
その他には、“ご本人”という表現も使います。
ボランティアの方で、
「ボランティアと呼ばれるのがいや!」という方がいらしたの
ですが、ゆっくりとお話できず、その真意は分からないのですが・・・。
ボランティアでも、責任を持ってきちんとやっているという自負がある。
いい加減な気持ちでないと、おしゃりたかったのでしょうか・・・。
確かに、ボランティアだから・・・と言って途中で投げ出したり、急に休むなど責任を
持たない人もいるようです。
「所沢失語症ライブ」には、このような方はいません!
“ボランティア”といえば、
先日新聞に大学教授の方が、講演を依頼された時に
「ボランティアでお願いします」と言われ、
戸惑ったという話が載っていました。
もともとの“自主的に”という意味が、
“無料で”になっている・・・。
その事を理解するのに時間が掛かったというのです。
遠藤先生は、
「ボランティアの方は、お金も時間も使ってください」と言います。
そうそう、貧乏な私はそのことばに乗せられて、なけなしのお金と時間を
“自主的に”使っています。
でも、お金で買えない物をたくさん頂いているのです。
「若い失語症者のつどい IN紋別」の資料を見ながら、このところご無沙汰している
“チャレンジャー”に、今年はなりたいな! と思っています。
また乗せられている・・・。
本当に遠藤先生は“ことばの芸人”だ! |