ひとり新聞 2004年1月10日号 <ペーパー版 bP35>


言い訳というのは、言わない訳にはいかないということが語源なのだろうか・・・と思う。と言う訳で、 久しぶりに、ペーパー版「ひとり新聞」をお届けします。



働かないアリが存在する意味
働き者の代表のようなアリですが働かないアリが居るというお話を、随分前に浦河赤十字病院のソーシ ャルワーカー・向谷地生良さんからお聞きしたことがあります。

2003年10月28日の読売新聞に「北大チームが働かない働きアリを研究」という記事が掲載され ていました。全体の1〜2割のアリが、じっとしていたり、巣の中をウロウロしていたりするというの です。

「浦河べてるの家」の日常を撮ったシリーズ「ベリー・オーディナリー・ピープル 予告篇その4」の タイトルは「安心してサボれる会社づくり」。
浦河赤十字病院の花壇に花を植えているみんなを、眺めているメンバーやウロウロしているメンバーの いるシーンから始まります。その傍らで、川村敏明先生と四宮鉄男監督も立ち話をしています。

「べてるの家」に関わるようになって長いのに、日常生活の中で、「もっとちゃんとやれば良いのに・ ・・」とか、「こういうふうにやれば、できるのに・・・」と思うことが、私にはしばしばあります。 “働き者の人が、働かない人に腹を立てる”というシーンにも、何度も出会っています。

「べてるの家」のメンバーたちは、走り続けている世界に対して、利益を、効率を求め続けている世界 に対して、違う視点を与える役割を担っている、まさしく“働かないアリ”そのものなのでは・・・と いう気がしてきます。

「働かない人も安心してそこに居られることが大切なのです」と、「ベリー・オーディナリー・ピープ ル 予告篇その4」の中で、川村先生はおっしゃっています。 この言葉を、真摯に受け止めなければ・・・と新年に、改めて思っています。



平和を祈らずにはいられない
私には戦争の記憶はないのですが、私の両親は戦争体験者です。
父は、乗っていた南方に向かう輸送船が爆撃を受け、海に投げ出されたという経験をしています。陸軍 だったので泳げなかった人も多く、父は幸い泳げたことと、がむしゃらに泳がず流れてきた木片のよう な物に掴まって浮いていて、翌日救出されたそうです。父は、戦争の話をあまり私にはしませんが、そ の時に多くの仲間を亡くしているのだと思います。

母は、戦時中陸軍省に勤めていて、現在の市谷駐屯地に通っていたそうです。終戦の数日前に、日本は 負けたと知らされ、硬く口止めされたので家族にも言えず、布団の中で声を殺して泣いたそうです。そ の日から、陸軍省の庭に穴を掘って、たくさんの資料を燃やしたと話してくれました。

イラクへ自衛隊を“派遣”という言葉を、政府は使っていますが、私にはどうしても“派兵”という言 葉が浮かんできます。
以前、丸木美術館を訪れた時「原爆の図」のある部屋に入ろうとして、何かにぐーと押し戻されるよう な感覚を覚え、入れなかった記憶があります。私は見ようとしなかった自分を、ずっと引きずっていま す。絵でさえも、直接目にできない程の状況が、再び生まれてはならないと思います。

多くの国民が反対の意志を持ちながら、いつのまにか、どんどん状況が進んでいることに、大きな不安 を感じています。



「そのまんまが大好き上映会」について
2003年9月7日に開催した「第8回 そのまんまが大好き上映会」が終わったところで、感想特集 の「ひとり新聞」を作る予定だったのですが、予定外の仕事(ケアマネージャー向けの研修用ビデオの 製作)が入ってしまいました。

9月18日に最初の打ち合わせをして、そのまま事例を提供してくださる方のご自宅へ伺い、ロケのス ケジュールを決めて、11月15日に完成するまで、30分のビデオを2本製作するのは、なかなか大 変なスケジュールでした。ビデオを仕上げるのに精一杯で「上映会の感想特集」どころではなくなって しまったのです。

「第8回 そのまんまが大好き上映会」には、200人以上の方が参加してくださいました。ご参加く ださった皆さん、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。感想を書いてくださった 73人の皆さん、ありがとうございました。

わざわざ郵送してくださった方、FAXでお送りくださった方もいらして、毎回の事ながら感激していま す。そして、開催してよかった!と思っています。遅れ遅れになってしまいますが、なんとか「感想 特集」を作りたいと思っています。

今年は上映会開催をお休みしようかと思っていたのですが、べてるの家のメンバー・下野勉さんと山本 賀代さんのCDを製作したいという話が具体的になり、やはり「第9回 そのまんまが大好き上映会」を 開催しようと考えています。今月中には方針を決定し、2月には会場の確保が始まると思います。

CD製作・上映会開催となれば、またまた多くの方々にご支援を頂かなくては実現できません。特に、CD 製作に関しては、なんのノウハウもないので、こうしたら良いのではという秘策を、お持ちの方は、是 非教えてください! ご協力をお願い申し上げます。



理解より慣れ?
ケアマネージャー向けの事例研究用ビデオでは、奥様が脳梗塞で倒れられ、ご主人が介助されているケ ース「主夫になった企業戦士」と痴呆のお母さんを娘さんたちが支えているケース「気ままな民子さん の独り暮らしを見守って」を取材・編集しました。
二家族とも、とても協力的で、ご自分の考えをはっきりと持っておられる方々で、多くのことを学ばせ ていただきました。

特に痴呆のお母さんを見守っておられるケースでは、一緒に住むという選択をすることが多い日本で、 長女の方がご自宅の近くに民間のアパートを借りて独り暮らしをする母親をサポートされている姿が印 象に残りました。
一緒に住んでしまったら、母は娘を頼ってしまうし、娘は母の行動の一つ一つに振り回され、疲れ果て てしまう・・・。何も出来なくても、独り暮らしの緊張感とともに、気兼ねのない生活をしてほしいと、 考えておられました。

浦河赤十字病院の川村敏明先生が「浦河の人が、精神障碍者に理解を持っているということではなく、 慣れてきたということだけだと思います」というニュアンスのことを、おっしゃっていました。

痴呆の方が街をウロウロして、みんなに気にかけてもらって、気ままな生活を続けていくというのもス テキだなぁと思いました。
食べたい時に食べ、寝たい時に寝て、民子さんは、本当にとても幸せそうな笑顔だったのですから・・・。



動き出した「パソコン工房ゆずりは」
2003年に係わったことで一番大きなウエイトを占めたのは、若い失語症者のための作業所作りでし た。
2002年の12月に開催された第1回の集まりから、目まぐるしい動きがありました。作業科目 を決め、利用体験会を重ね、作業所の場所探しをし、篤志家の方のご好意で作業所設立場所が確定し、 活動実績作りのために物件を借り、9月には作業所がスタートしました。
いつの間にか「パソコン工房ゆずりは」の名付け親になり、運営委員を引き受け、どっぷりと嵌った1 年になりました。

「パソコン工房ゆずりは」のオリジナルカレンダー製作に、ご自分の作品の使用を快く許可してくださ った畑晩菁さん、素的なロゴを制作してくださった石原雅彦さん、本当にありがとうございました。
核になる作業である「パソコン再生事業」では、まだまだ手探りの状況ですが、遥か彼方に光を感じて います。(思わぬ盲点を付かれるという経験を何度もしましたが)今年も一歩一歩着実に歩んでいきた いと思っています。

「パソコン工房ゆずりは」では、あなたの描いた絵や写真で、ハガキやカレンダーを製作しています。 是非、ご注文ください。
Tel & fax 03−3392−3320



ビデオの製作
昨年のもう一つの目標は、撮り続けてきた失語症の関係のビデオをまとめることでした。あまりにもた くさん撮っているので、言語聴覚士の遠藤尚志先生のインタビューを中心にして1本にまとめようと考 え、8月に書き起こし作業をしました。
9月の上映会が終わったら編集作業に入ろうと、いつもお世話になっている「スリーエー工房」のスタ ッフの方にアドバイスを頂いたりしていたのですが、これも手付かずのままになってしまいした。

今年の最初の目標は、この編集作業を“あせらず、あきらめず、淡々と”続け、作品を完成させること です。
この編集作業に関しては、 映画情報・製作日誌で、できるだけ報告していきたいと考えています。



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