ひとり新聞 2001年6月18日号<いない人>
べてるの家の総会に出席するために、8日から浦河(襟裳岬の手前)入りしていたのですが、
6月12日朝、撮影隊と別れて旭川に向かいました。
旭川に住むST(言語聴覚士)の森崎先生と失語症の小柏さんに会うためです。
高速バス「ペガサス」に乗って、3時間20分でJR札幌駅に出られます。
日高本線は単線なので
高速バスの方が便利。便利と言っても、1日7〜8便。新千歳空港への直行便は1日1便
しかありません。トイレ付きの二階建てバスは見晴らしがよく、料金は浦河バスターミナルから
札幌駅までで2850円です。
札幌からは、特急で旭川まで1時間半。北海道は広いので、移動が大変です。
8時30分発の「ペガサス」に乗っても、札幌に着くのは12時近く。12時半の急行に乗って
午後2時に旭川に着きました。
北海道入りしてから、ずっと小雨模様で寒い日が続いていました。浦河は雨も止んで、これから
天気が回復しそうな気配でしたが、バスが移動するとだんだん曇り始め小雨模様になりました。
札幌は曇。でも電車が動き出すと再び小雨が・・・。
なにしろ、移動距離が大きいので天気も変化
します。雨に打たれた北海道の新緑は、“やわらかい緑”
という言葉がピッタリでした。
美しい緑。浦河近くは競走馬の産地で、牧場では
この春生まれたばかりの子馬が母馬と一緒に緑の牧草を
食んでいる愛らしい姿が見られました。札幌から旭川に向かうと田植えの済んだばかりの広い田んぼ
が目に付き始めます。
夕方仕事を終えた森崎先生と会う予定です。森崎先生は、地元の保健婦さんや同じ職場に働くSTの方や
実習に来ているSTの学生さんたちと一緒にお食事をしようと誘ってくれいます。
森崎先生との出会いは、2000年2月の「若い失語症者のつどい
IN美瑛 熱気球編」でした。
今夜参加される保健婦さんとも、その時に小柏さんと一緒に旭川空港でお会いしています。保健婦さんと
森崎先生の出会いは、更にそのずっと前1995年に100名以上の方が内地からが参加し、道内の参加者や
ボランティアを含めると250人という大規模な「失語症者のキャンプ」
を開催した時からだそうです。
その時実行委員として大活躍してくださった安部さん、稲邊さん、園さんたちは、熱気球編の時にも
駆けつけてくださいました。
安部さんにも森崎先生は声を掛けてくださったのですが、職場の外せない用事があるということで
再会することができませんでいた。
「あのキャンプの時は、すごかったねぇ」
「あの時は、毎週のように打ち合わせして・・・」
「あの時の勢いはすごかった」
「あれが、(1999年「若い失語症者のつどい」)ラフティングにつながって・・・」
「(東京の)3人組(林さん・黒澤さん・中嶋さん)が、初めて出会って」と
話題は尽きません。
そして、森崎先生が「みんな、(STの)遠藤先生とつながっているんだねぇ」
と
感慨深げに言いました。
この場には“いない人”なのに、みんな遠藤先生でつながっているんだ。
いない人の遠藤先生の笑顔が浮かんできました。
翌日は、「若い失語症者のつどい IN美瑛」でお会いした小柏さんの自宅を,
訪ねる予定です。
一時期体調を崩されて「紋別のつどい」を欠席した小柏さんも、元気にリハビリに励んでいるとか・・・。
美瑛のつどいで“名物母さん”と言われた小柏さんのお母さんとの
再会も、とても楽しみです。
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