貧しくとも清く生きる
作品名:神の子たち
監督:四ノ宮浩
2002年作品
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「スカベンジャー・忘れられた子供たち」の監督・四ノ宮浩さんの新作「神の子たち」
を観てきました。
「初めのほうで、死体が出てくるから、そこは見ないほうがいいよ」と言われていたので、
ちょっと躊躇したのですが、招待券を頂いたので、意を決して行くことにしました。
親しい人と行けば、もう見ても大丈夫という合図を貰えるのですが、一人で行ったので、
前半は少し横を向きました。
ゴミの山が崩落し、たくさんの人々が生き埋めになるという事件が起こります。救出作業の
なか、いくつもの死体が発見され、運び出される衝撃的なシーンから「神の子たち」は、始
まりました。
フィリピンでは、先天性障碍を持って生まれてくる赤ちゃんを“神の子”と呼ぶのだそう
です。神様が、育ててくださいと自分たちに遣わした子どもという意味でしょうか…。
大気汚染法によって、ゴミを燃すことが禁止されているフィリピンでは、ゴミはトラック
でそのまま堆積場に運ばれます。そのゴミの山から、お金になるゴミ(金属・ペットボト
ル・ガラスなど)を拾って、多くの人々が暮らしています。
ゴミの山は自然発火し燻り続け、スモーキーマウンテンと呼ばれています。そこで暮らす
子供たちを中心に撮った作品が、前作の「スカベンジャー・忘れられた子供たち」でした。
トラックからゴミが流れ落ちるや否や、たくさんの人々がゴミに群がり拾い始めるシーン
は、とても衝撃的でした。ゴミを拾って暮らすという生活も想像し難いのですが、その中で
恋が芽生え、若いカップルが誕生し、結婚、出産を迎えていくという事実も重いものでした。
“なるようにしかならない”というと、投げやりな感じを受けやすいけれど、そうではなく
て、自分のできることは自分なりに選択して生きて行くという底力のようなものを感じまし
た。日曜日の子供たちは、ゴミ拾いから解放され、教会に行き、お菓子を買ったりして、愛
らしい笑顔も見せてくれました。
1日4〜5時間働いて、550円ほどになるそうです。それはフィリピンの平均的な日給
に相当し、家族総出でゴミを拾えば、学校に行くこともできます。ゴミさえあれば、暮らし
ていけるのです。
崩落事故をきっかけにゴミが運ばれなくなると、そこで暮らす人たちは、すぐに収入の手立
てをなくし、食べ物も底を付くようになりました。
「いつも祈っているの。病気になりませんようにと。お金がないから、私たちは病気には
なれないの」と、少女が言います。
貧しい暮らしの中、お米の貸し借りをし、やっと手に入れた少しのお米を炊いて、塩を振り
かけ、家族全員で分けて食べます。
「おかずがなくて、ごめんよ」と、父は詫び、「食べたか? 食べたか?」と、家族全員に
声を掛けます。
貧しくても、心清く生きる人々の生活が淡々とスクリーンに映し出されます。その貧しさの
中でも、神の子たちは大切に育てられていました。
当初は、ゴミ集積場で暮らす人々の中に、障碍を持つ子どもが多く誕生すること。そして、
大切に育てられている様子を撮影する予定だったそうです。
思わぬ崩落事故によって、かえって貧しい暮らしが際立ち、心の清さが目立つ作品になった
ように思いました。辛い撮影・編集だったと思います。
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四ノ宮浩監督作品「スカベンジャー 忘れられた子供たち」「神の子たち」などの上映スケ
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