光と影で絵を描くように


  作品名:「トマトを植えた日」「白い蛹は口笛を吹く」「枇杷の実待ち」
  撮影・監督:三浦淳子




東京都現代美術館企画展 「私はどこから来たのか そしてどこに行くのか」


三浦淳子さんとの出会いは、小岩の「メイシネマ上映会」でした。
この上映会は、小岩の藤崎和喜さんが主催されているドキュメンタリー中心の上映会で、この会が なかったら出会えなかったという作品も多いとても素的な上映会です。

最初に見た作品は、92歳になった祖母が不思議なことを口にするようになり、どうしちゃったんだ ろうと訪ねていったら・・・という作品「孤独の輪郭」でした。
次に見た作品は「空とコムローイ」。タイの最北端の街メーサイで、山岳民族アカ族の子供たちの寮 を30年間も運営し続けている神父ペンサさんとの出会いを記録したものでした。まだ出来立てで、 その後少し編集し直したとお聞きしています。

東京都現代美術館の企画展「私はどこから来たのか そしてどこに行くのか」でも、上映されていま した。私は、見ていない3作品を見に出かけました。




「トマトを植えた日」
1992年 8mm 50分


「トマトを植えた日」は、三浦さんが初めて8ミリカメラを手にして、「正面きって人を撮る」 という課題を抱えて、祖父の家に向かい撮り始めた作品です。

丁度その日、祖父はトマトを植えていました・・・。
彼女がカメラを回すのを見て、祖父は「戦前、満州で映画を撮った」と語り始めます。祖父と一緒に 捜しても見つからなかったそのフイルムは、祖父が他界したあと物置からひょっこりと出てきました。

9.5ミリの映像は、大変興味深いものでした。
あのフィルムの入った箱が見つからなかったら、三浦さんは映像という世界に、海に分け入るように 進んでは行かなかったかもしれません・・・。




「白い蛹は口笛を吹く」
1995年 16mm 50分


「白い蛹は口笛を吹く」は、親友公代さんが、日本がつまらなくなったと言って日本を去り、そ の後ハワイ在住の80歳のアメリカ人と結婚したというので、会いに出かけたという作品です。

聞きたいことが、話たいことがたくさんあるのに・・・。ウロウロするカメラが、そのまま三浦さん の心の揺れを表しているような作品でした。
でも、揺れているのは公代さんの思いがけない選択のせいでも、慣れないカメラのせいでもない・・・。
それは三浦さん自身が内側に抱えている居心地の悪さのようなもののせい・・・。そんな気がしてき た作品でした。




「枇杷の実待ち」
2003年 デジタル・ビデオ 30分


「枇杷の実待ち」は、デジタルビデオカメラで撮り、パソコンで編集した作品です。三浦さんが 「16ミリのカメラを手に入れたい」と言ってた気持ちが、作品を見ているうちにわかるような気が してきました。

取り壊しが決まった母校の校舎を記録として残してほしいという依頼があって、カメラを回し始めた ところ、同窓会で輝いている“大先輩”に出会いました。
大先輩の夏子さんは、築70年の講堂が出来立ての頃、講堂でピアノを弾き、今もピアノを弾くこと に喜びを感じて弾き続けていました。

タイルが剥がれ落ちてしまった水飲み場、気付かなかったけれどその上に貼られていた聖書のプレー ト、ペンキが塗り重ねられた窓枠、たくさんの手で撫でられた階段の手摺・・・。
それらの美しさと夏子さんの歳を重ねた美しさが、枇杷の花の香りのように魅力的な作品です。

「ビデオカメラはすべてが写ってしまうから・・・」と語っていた三浦さんは、その場にあるものを そのまま撮るのではなく、自らが語るように“光と影で絵を描くように映像化したい”人なのだと思 いました。
三浦さん自身が気が付いているように、三浦さんはフイルムの人なのだと思う。カメラの向こう側で 揺れる物も、カメラの手前で揺れる物も、そして、揺れながら行き交うものも、すべて光と影なのだ から・・・。


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