味噌の仕込みのために、水をたっぷりと含んだ大豆を踏むばあちゃん。ばあちゃんの長靴で踏まれる
大豆は、ふっくりしていて、いかにも美味しそうです。
田舎のない私にとって、初めて見る味噌作り。初めて見る味噌玉。ばあちゃんは、陶芸の土練りのような
感じで、見事に味噌玉を作っていきます。
その手の動きは、大切な物を丁寧に丁寧に扱っている手。感謝の気持ちがこもっている手。自然に感謝し、
収穫に感謝し、健康に感謝し、多くの神々に感謝して働き続けてきた手です。
監督の澄川嘉彦さんは、とにかくシャイな人らしい・・・。カメラがなければ、人にアップで寄っていく
なんてできない方のようで、その現実ではできないことを、カメラを通してできたのでしょうか。アップ
が多用されている印象を受けました。
私は、映画を見る時、頂いた資料などを上映前には読まないようにしています。情報があると便利な時も
あるのですが、何も知らない状態で、作品に出会う方が良いと思っています。
NHKのディレクターだった澄川さんは、“日本で最後に電気の通じた地”としてタイマグラを知りました。
そして、その地を訪れ、今まで仕事として取り上げてきた「社会問題」とは、全然違う“感じ”に、何度
も何度も訪れ、最後には家族でタイマグラに移り住んでしまったそうです。
私が見はぐっていたり、聞き逃していたら、申し訳ないのですが、上映後に読んだ資料で、それらのこと
がわかりました。
澄川さんが、何故移り住んでまで撮り続けたいと思ったのか? 作品にまとめたいと思ったのか? 澄川
さん自身のポジションを、作品の中ではっきりさせれば、もっと作品の見え方が変わってきたのではない
かと思います。
見終わった時、ひとつひとつの映像が断片的な感じも残りました。澄川さんにはわかりきったことでも、
初めて見る人にとってはわからないこともあると思います。その辺の工夫も必要だった気がします。
それにしても、ばあちゃんが倒れて入院してしまった後、ばあちゃんの家に鍵が掛かっていたのにはショ
ックを受けました。突然現れた娘さんが、鍵を掛けたのでしょうか?
昔、田舎の家は、みな開け放しだったと思います。タイマグラには何人も住人はいない筈なのに・・・。
じいちゃんの仏壇も、味噌玉もあるのだから、それこそ様子を見てあげるような仲じゃなかったの?と、
気になりました。
15年かけて撮ったのだから、15年かけて上映していこうと、澄川さんは、思っているそうです。じい
ちゃんも、ばあちゃんも、そういう上映会を、面白がって笑顔で見守ってくれると思います。
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