見終わって、なんと悲しい映画だろうと思った。見ていて涙が溢れるというのではなく、深い深い
ところに、ずしりとのしかかってくるような悲しい映画だった。
「酔っぱらった馬の時間」のバフマン・ゴバディ監督が、2003年5月に映画を上映するためにイラク入り
した時に、目の当たりにした惨状。特に、子どもたちの悲惨な状況に触れ、この映画の着手を決心したという。
5月1日は開戦6週間後で、ブッシュ大統領が「勝利宣言」した日だそうだ。その直後の話である。
2003年秋から撮影が開始された。現地の子どもたちを使ったというから、それは演技でなく現実なのだと
心に迫ってくる。
ボロボロのアンテナの向きを延々と調整するシーンから映画は始まる。何年掛かっても、テレビは写りそうに
ない。利発な孤児・サテライトは、戦争の情報を得るためにはパラボラアンテナが必要だと、大人たちに進言
する。戦争の行方を知りたい大人たちは、パラボラアンテナを買いに行かせ、無事にテレビは写るようになっ
たものの、放送は英語。皮肉なことに誰にも訳すことができない。
たくさんの孤児たちの親分のようなサテライト。彼らの収入源は、地雷を掘り起こして売ること。危険な仕事
だけれど貴重な現金収入で、サテライトはその本締めでもある。掘り出した地雷を仲買人に売る交渉役も果た
している。その仲買人は、国連の出先機関に売るのだというから、なんとひどい話だろう。
危険な仕事で怪我をし、手を無くしたり、足を無くした子どもが、たくさん存在する。けれど、危険な仕事以
外に、彼らが現金を得る方法はない。
ある日、サテライトはハラブジャから来たという難民の少女に出会う。彼女には、両手のない兄と幼い盲目の
弟がいる。でも、その盲目の幼い子は・・・。
サテライトの恋心は愛らしい。仲間もからかいながらも、その恋心を気遣うのだけれど、彼女の心は頑なに閉
ざされたまま。彼女は、深い絶望の淵に立ち続けている。もともと人間がみな持って生まれてくる強ささえも、
すでに使い果たしてしまっている。
岩波ホールは、いつものように高齢の方が多かったが、是非とも、若い人に見てほしいと思った。幼い心とか
らだに刻まれた戦争の傷跡は、生涯、消えることがない。
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