「ありがとうって言って」は、奈緒ちゃんの口癖。
「ありがとうって言って!」と、奈緒ちゃんに言われて、何人の人が、奈緒ちゃんに向
かって、「ありがとう!」と言ったことでしょう・・・。しかも笑顔で。
そして、奈緒ちゃんの叔父でもある伊勢真一監督の「25年間も撮らせてくれて、あり
がとう!」という思いも溢れている作品でした。
私の尊敬する言語聴覚士の遠藤尚志先生は、お名前を読んで「はーい」と返事をしてく
ださる失語症の方には、次には「こんにちは」を言って貰おうと試みます。
「こんにちは」の言える方には、「あなたの一番大切な人は誰ですか?」と質問します。
「恥ずかしくて、名前は言えない?」「じゃ、指差して教えてくれますか?」
大抵の方が、ご家族を指差します。ご主人は奥様を。奥様はご主人を。
「では、大切な方に、一番美しい日本語『ありがとう』を言ってみましょう!」
もちろん、失語症故、言えないこともありますが、思いを込めて一音一音発音される
「あ・り・が・と・う!」を、何度も聞いたことがあります。
「ありがとう」は、言う方も、言われる方も、嬉しくなる美しい日本語です。
「奈緒ちゃん」「ぴぐれっと」に続く、3部作。
癲癇と知的障害を併せ持つ奈緒ちゃんの撮影が始まったのは、奈緒ちゃん8歳の冬。家
族で初詣に出かけるシーンからでした。
「奈緒ちゃん」で、家族4人の初詣のシーンを見た時には、それぞれの仕草に気を取ら
れて、あまり気にならなかったのですが、今回、再び、同じアングルで初詣のシーンを
見て、カメラが賽銭箱の奥・神様の位置から撮っていることに気が付きました。
ダンディな瀬川順一カメラマンが、神様にお尻を向けていたのか思うと可笑しかくなっ
て、なんとも楽しい気分になりました。
瀬川さんの撮った映像を見て感じたことは、絵の持つ喚起力の強さとでも言うのでしょ
うか。この頃は、記号のように使われる映像が多いのに、写っていないものまで見えて
くるというか、広がりがあるというか、瀬川さんの撮った映像は、そういう力に溢れて
いるということを、改めて再確認しました。
8歳だった奈緒ちゃんは32歳になり、グループホームで一人暮らしをスタートさせよ
うとしています。「寂しい! 寂しい!」と、何度も呟くお母さん。今でも奈緒ちゃん
が生まれた時のことをはっきりと覚えていると語ります。信子さんは、奈緒ちゃんの母
として、精一杯がんばり続けてきました。
お父さんの大乗さんは「奈緒が居て、ごっつうしあわせだった!」と、繰り返します。
いつも、飄々としていて、正統派の意見を述べるお母さんにやり込められているけれど、
なんと魅力的な人だろうと思っています。奈緒ちゃんにとっても、このお父さんとお母
さんの組み合わせだったから良かったのだと感じています。
小学生の奈緒ちゃんが買い食いをしてお母さんに叱られている時、その傍で、下を向き
ながら二人のやり取りを見守っていた弟・記一くんも、立派な青年に成長しました。
一時期、カメラに写っていない時期もありましたが、そういう葛藤も乗り越えて来たの
でしょう・・・。映画「奈緒ちゃん」が完成した後に、思春期を迎えた弟さん。「絶対
やりたくない」と言っていた福祉の現場に入り、今では主力スタッフになっています。
「家族って終わらないのね・・・」と、お母さんが呟きます。定年を迎えたお父さん。
作業所の代表者から引退したお母さん。奈緒ちゃんはグループホームへ。弟さんは結婚
へ。二人きりの生活に戻る大乗さんと信子さん・・・。
奈緒ちゃんの自立もテーマだけれど、家族それぞれの自立もテーマだった。人が生きて
いくということは、死に向かって時を過ごしていくと同時に、自立について模索し続け
ていくことなんだと思います。
伊勢監督のお姉さんに対する暖かい気持ちも溢れていて、暖かな気持ちになる作品でし
た。
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