主婦の出会った廣島
作品名:土の記憶
撮影・構成:伊藤園美
編集:青原さとし・伊藤園美
2005年作品
日本
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北海道生まれの伊藤園美さんは、ご主人の転勤で2000年から広島で暮らすことになりました。
初めて暮らす地を、興味津々でウオッチングしているうちに、平和公園の「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」
を見つけました。そして、毎年8月5日に、慰霊祭が行われていることを知ったのです。
慰霊碑のハングル文字は読めなかったけれど、ところどころにある漢字「怨念」「侵略」「憎悪」は
読むことができました。
夫の転勤で、見知らぬ街で暮らすことになる主婦は多いと思うのですが、そこで、感じたことを手が
かりに、すぐにビデオカメラで撮影を始める伊藤さんの行動力がすごい!
広島はかつて軍都であり、全国から集まった兵士や物資を戦場に送る最前基地だったそうです。市内
には多くの軍事施設があり、軍需産業により繁栄していて、当然、多くの人々が広島に集まってきた
のです。その中には、強制連行され軍事施設となる地下壕を掘らされた韓国の方もおられたのでした。
現在、地下壕はどんどん塞がれているそうです。内部の様子を記録しておきたいと思い、伊藤さんは
ビデオカメラを片手に「広島の強制連行を調査する会」の皆さんの案内で、一緒に地下壕に入ります。
そこには、今も発破の痕が生々しく残っていました。
戦時中、広島には韓国の人が多く住んでいる地区がありました。そして、その多くの人々が韓国慶尚
南道・陜川の出身者だったのです。伊藤さんは、カメラを持って韓国慶尚南道・陜川へ向います。
戦後帰国したものの、放射能汚染者として差別されることを恐れ、原爆被害者であることを隠し続け
て暮らしてきた人々。高齢になって、体調を崩している人も多い。でも、原爆手帳を申請するために
は、日本を訪問しなければならないし、証人も捜さなければなりません。何の救済も得られずにいる
人々を、伊藤さんは取材していきます。
上映後のお話で、伊藤さんは、「そういう辛い思いを、たくさんされた皆さんが、とても優しく接し
てくれました」と話されていました。
次々と関心の対象が広がり、ついには韓国へも出かけていく伊藤さんの行動力はすごい。何をするに
も、逡巡するタイプの私は、作品を見ながら羨ましさから思わずため息が出てしまいました。
自分の興味に従って、ずんずん突き進んでいく構成も気持ちが良かったし、ひとつのことをきっかけ
に、どんどん興味を持ったものに向かっていく勢いの良さが、重くいろいろな問題を含んだテーマな
のに、作品にスッキリした印象を与えていました。
DVカメラのお陰で、誰もが簡単にきれいに撮影できるようになり、パソコンでの編集も気軽にできる
ようになったので、これから、一人で撮影・構成・編集するという作品は増えていくことでしょう。
私は、この作品を見るまで「韓国のヒロシマ」の存在も、外国人被爆者がたくさん存在することも知
りませんでした。
映像の専門家でもなく、地下壕や強制連行や外国人被爆者の専門家でもないけれど、一市民として自
分の目の前の疑問に、素直に取り組んでいく姿が、写っている作品だと思いました。
気になったのは、いつも、私が「ない! ない!」と嘆いているお金と時間を、どうやって、伊藤さ
んが手に入れたのか? ということでした。主婦という肩書きも含めて、とても気になりました。
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平和学習の教材や、広島を知りたい方々の資料として「土の記憶」を上映していただきたいと、伊藤
園美さんは考えておられます。
関心をお持ちの方は
伊藤園美さんへ mail を、どうぞ!
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