◆貧しさについて考えさせられる


  作品名:スカベンジャー 忘れられた子供たち
  監督・編集・ナレーション:四ノ宮浩
  日本
  1995年作品





フィリピンでは、環境保護のためゴミを燃すことを禁止されているそうですが、皮肉 なことに、そのゴミ捨て場は山となって自然発火し、いつも煙を上げ、“スモーキーマウ ンテン”と呼ばれています。
そのゴミ捨て場の傍に、不法にバラックを建て、ゴミを拾って日銭を稼ぎ、暮らしている 人々が、なんと2万人以上もいるそうです。その人々の暮らしを撮った作品「スカベンジ ャー 忘れられた子供たち」を見に出かけました。

ゴミを満載した車が到着し、荷台を上げてゴミを落とした瞬間に、わぁーとたくさんの人 々が群がってきて、ゴミを拾い始めるシーンには圧倒されました。小さなビニール袋でさ え、洗って換金するのです。
ケガをしないための長靴と手袋、埃や煙を防ぐためのマスクと帽子、ゴミを入れるための カゴと引っ掛ける棒が、ゴミ拾いの必需品です。幼い頃から、子供たちも同じいでたちで 働き始めます。

母と弟二人の四人家族。唯一の稼ぎ手である9歳位の少年は、学校へも行かず、毎日ゴミ を拾って暮らしています。ある日、もっと安全な仕事をしたほう良いと紹介してくれる人 がいて、バス停で飲み物を売る仕事に就いてみましたが、思うように稼ぐことができませ ん。結局、稼ぎの良いゴミ拾いの仕事に戻ることにしました。
ゴミ拾いは大変な仕事だけれど、確実に現金を稼げる仕事なのです。収入が少なくて食べ 物のない生活より、なんとか食べられる生活の方が良いに決まっていると、彼は思ったよ うです。
自分の食い扶持は自分で稼ぐどころか、9歳の少年が一家を支えているのです。一人前の 稼ぎ手である彼は、自分のしなければならないことを、自分のすべきことを、自ら選択し 暮らしています。

ゴミを拾って暮らす子供たちの多くは、学校へ行っていないのですが、土曜日だけは稼い だお金を家族に渡さず、自分のために使います。スーパーで好きなスナック菓子を買った り、映画を見に出かけたりします。その嬉しそうな笑顔! そして、日曜日には教会に出 かけます。
四ノ宮浩監督は、「彼らは、教会で自分の幸せを祈らず、家族の幸せを祈るのです」と話 されていましたが、彼らの屈託のない明るさや、キラキラと輝く瞳を見ていると、頷ける ような気がしました。

汗を流してお金を稼ぐ。ゴミが資源になりお金になる。その明快さも感じました。今の日 本では、給与は銀行振込になり、夫の勤務中に妻がカードでお金を下ろすのは普通のこと になっていますが、給与袋をありがたく両手を合わせて頂き、仏壇に供え感謝したという 姿は、私の記憶の中でも、遥か昔のことになっています。
その時代では、「ありがとう」という気持ちや「お陰さまで」という気持ちが、暮らしの 中で自然に身に付いていったような気がします。

もちろん、彼らはお金のために働いているのですが、そして、お金のないことで苦労もし、 辛い思いもしているのですが、お金がすべてではないということも学んでいるようにも思 えました。豊かさと貧しさについて、考えさせられる作品です。



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