長野県にある過疎と高齢化の進む農村に、佐久総合病院小海町診療所はあります。映
画が始まると同時に、診療所長の清水先生が小さく頷いて、白衣で出かけて行きます。
その
清水先生を深々とお辞儀をして、出迎える家族がいます。言葉はないけれど、一人ひとり
が自分の思いをしっかりと受け止め、そして、そこにいる人たち皆が、それぞれへの思い
を深く広げていました。
妻にとっては夫として、息子にとっては父として、嫁にとっては義父として、幼馴染とし
て・・・。それぞれの人たちが、それぞれに出会った石曾根さんと静かに思いを交わすな
か、清水先生は“死”を確認します。
「頑固なおじいさんだったから・・・」と、息子さんが言うと、カメラが静かに横たわる
石曾根さんに向かっていきます。
会ったこともない石曾根さんちのおじいちゃんの死に、私はカメラを通して、出会いまし
た。“安らかな死”を目の当たりにして、悲しさを乗り越えたその先に、更に深いものを
感じ、私自身の身体が静かに呼吸するのを感じました。
小海診療所の17人のスタッフは、過疎化と高齢化の進む農村で、地域の人々や自治体の
担当者、高度医療の専門家たちと密な連携を取り、地域での“安らかな死”を実現するた
めのネットワークを、網の目のようにつむいでいきます。
清水先生がお漬物をご馳走になりながら、炬燵でお茶を飲みながらおしゃべりをしていま
す。おじいさんとおばあさんと清水先生と、3人の静かなひと時です。
とりとめのないお喋りに興じた後、道端に立つおばあさんに見送られながら、清水先生の
車がゆっくりと山道を走り出していきます。私の大好きなシーンです。
身内でも、なかなか立ち会うことができない“死”というものに、カメラが立ち会うのは、
さぞかし大変なことだったでしょう。
5年掛かるとか、10年掛かるとか、その地に居を移し・・・なんて言われることもあり
ますが、私は、きっと、時枝監督が、以前から「人間にとって“死”とは? “安らかな
死”とは、どんな死?」という問い掛けを、ずーと抱えていて、長く待たされて、2・3
分しか診てもらえない病院に対しても、否定的な考えを持っておられたのではないかと想
像しています。
そういう日ごろの思いの中から、“撮りたいもの”や“撮るべきもの”が生まれてきたの
だと思います。長い時間をかければ撮れるものではなく、やはり、その人だから撮れるも
のがあると思っています。心に、何かが引っ掛かることから、すべてが始まる気がしてい
ます。
観客は観客で、自分の引っ掛かりを利用して、ロッククライミングのように、作品という
壁をよじ登っていけば良いのではないでしょうか。
ドキュメンタリーの作り手にとって、大切なのは、自分自身の中の引っ掛かりに正直に応
えていき、自分の身体の中から生まれてくる“問い”に素直に耳を傾けていくことだと思
います。
見る側は、事実を見逃さないようにと身構えるのではなく、自分の興味に身体を委ね、ふ
にゅふにゅと見ていけばよいのではないかと思いました。
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