2004年6月15日 映像が生き生きとし始める
6月1日に1回目の試写がありました。一応つながったところで、少し時間オーバーながら見てみること
にしました。全体を見てから、短くするところを検討しようという方針です。編集してくださった四宮さ
んも自身も、全体を流してみるのは初めてということなので、ワクワクしながら見ました。
私は見たとたんに、あれこれ意見が飛び出す方ではなく、まして、今回は自分なりの考えがあって、それ
を機会あるごとにいろいろ伝え、編集をしていただいた側なので、表現に窮してしまいました。大きく気
になる点はなかったのですが、しっくりしなかったのです。
私自身の説明不足もあったと思うのですが、試写を見て印象に残ったのは、現在の元気の良さばかりなの
です。
四宮さんが編集者として、失語症ライブの面白さ、興味深さに嵌ってくださったのは嬉しいのですが、若
者たちの元気の良さに感動してくださったのも嬉しいのですが、逆にそのことが引っ掛かってしまったの
です。
一日考えてから、自分なりの思いを整理してみました。その思いを、もう一度伝えて、再度編集の作業に
入りました。若くして失語症になられた皆さんは、深い孤独と絶望の中に一人うずくまってきました。そ
の時間を耐えてきたからこそ、同じ障碍のある仲間と出会った時に、大きな力を発揮したのです。その深
い孤独と絶望に触れなくては、今の元気さはないのです・・・。
そういう思いを持って、もう一度映像の順番とインタビューの順番を入れ替えていく作業を重ねていくと、
どんどん映像が生き生きし、インタビューのことばさえ生き生きしてくるので不思議です。全体の流れも
変えようかと話し合いましたが(すでに1回変更になっている)今回のままでいくことにしました。なん
とか、90分に収まりそうです。
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