1997年3月13日 所沢失語症ライブ <初めての失語症ライブ>


「失語症ライブ」の最初のきっかけは、読売新聞の記事「医療ルネサンス」でした。その記事を読むまで、 私は、「失語症」という言葉も、「言語療法士」という言葉も知りませんでした。 (言語療法士は、後に言語聴覚士という名称に変更されています。)
「失語」「言語療法」という言葉は、話すこと・他人(ひと)とコミュニケーションをとるのが、どちらかと いうと苦手な私にとって、特別に気になったのだと思います。

記事が掲載されたのは、1996年9月のこと。
ずっと気になって切り抜いてあった記事を手がかりに、97年1月に「失語症患者と家族の集い」が開催さ れている「所沢保健所」に、「見学をしたいのですが・・・」と連絡をしました。
「でしたら、会話パートナーのボランティアとして参加してください」
「集いの前に少し説明をさせて頂きたいので、始まる30分程前に来てください」と言われて、意を決して 参加したが3月の集いでした。

そこで初めて体験しのたのが、遠藤尚志先生の「失語症ライブ」。
初めてペアとなったKさんは、ゆったりとして、とても暖かな方でした。 慣れない私を、逆に気遣ってくださるほどで、ボランティアしているのか、ボランティアされているか、わか らない感じでした。
初めて参加したボランティアの皆さん5人ほどで前に出て、それぞれ自己紹介をしてから、春なので「花」を 歌いました。皆さんの暖かい拍手が今でも印象に残っています。そして、見事に失語症ライブの楽しさに嵌っ てしまったのです。

ワクワクして、ドキドキして、笑って、時にはジーンとして涙が出そうなったり…。1ヶ月に1度、片道1時 間半を掛けて、皆さんに会いに出掛けるようになりました。
(森田惠子)


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