ベストジャンプ 01年 新潟・妙高サマージャンプ大会
 5月13日 和大の日記より               HOMEへ戻る] [INDEXへ戻る

 和大は6年生になっても日記を担任の先生に提出するクソまじめな奴です。
 妙高の大会の後、この時の日記をそのまま学級通信に載せてくれました。本人はいたく喜び胸を張っていたので、記念の意味でUPして残すことにしました。
 
(なお、本人と話し合って、敬体を常体に、さらに一部加筆修正してあります) 01.05.21

妙高シャンツェSH 快晴に恵まれた
新潟・妙高シャンツェ

      K40mSH






   
 5月の風を受け
   小学生も大人も
   気持ちよく飛ぶ
妙高サマー大会
ベストジャンプ】
 
 12日土曜日、朝早くに家を出て、新潟・妙高高原町のジャンプ台へ向かった。
  先週、同じ新潟の五日町という所で今シーズン(サマー)の初飛びをやってとても調子がよかったので、楽しみだった。今回は大会で、K点40メートルのジャンプ台だ。
  この日は大会の前日となり、小学生から大人までたくさんの人で混みあっていた。下から見る限りだいじょうぶそうだし、これよりも大きな台を飛んだことがあるので、あまり緊張しなかった。でも、実際に飛び出してみると助走のスピードで飛んでいく台だったので、最初はちょっと怖かった。だんだん慣れてはきたものの、この日一日、12本飛んでいいジャンプはなく、大会が少し心配だった。
  宿舎に戻り、ビデオでその日のジャンプを振り返った。助走の時、重心が後ろへ行ってしまい、ふみきりから空中動作に移るまでいろいろ悪いところが出てしまう。このところを直せるように、大会ではがんばろうと思った。
  13日、大会当日、朝6時からのアップでシュミレーションをやった。ところが、昨日までできていたシュミレーションが急にできなくなってしまい、上体に力が入ったり、手が前に出てしまったりする。しっかり気持ちを入れかえてジャンプ台に上がらないと大変だ。
  小学生の大会は、昨日の練習より高いゲートで行われることになった。みんなかなり距離をのばし、弟が20メートル飛んでしまうほどだった。(昨日のようなジャンプになったらどうしよう)と心配になったが、気を取り直して飛び出した。
和大表彰式
  自分ではアプローチを意識してリラックスさせたつもりだったが、すっと高くは上がらず、体は前に投げ出された。体が落ちないでスーッとのびた気がした。思わず小さくガッツポーズをした。29メートル飛んだのだ。
 成績には関係ないもののトライアルでは4位タイで、かなり自信がついた。カンテで合図する父は「いいぞ。出足をもっと腰高にして30メーターをねらえ!」と言われた。
  いよいよ競技が始まり、僕は大きな返事をして1本目を飛び出した。ちょっと力が入って27.5メートル。2本めも思ったよりのびず、30メートルをねらった僕にとっては少し残念だった。しかし、父は「まあまあだった。」と言っているし、結果も8位でよい成績だったと思う。オリンピックの代表であり、世界で戦っていた秋元正博さんより、りっぱな賞状とたてをもらって、とても感激した。
秋元さんとの記念写真  「でも、これで満足してはいけないぞ。距離もだんだん下がってしまった。」と父に言われ、「なるほど」と思った。
  今回ついた自信を、これからの練習につなげて、もっとうまくなりたい。





 伝説のジャンパー・秋元正博さんと記念撮影
 中の2人は大の仲良しでありライバルでもある富山県小見小の選手

(左より、和大、古井君、高尾君、どべ吉、秋元さん)