トレーニング・コラム(2001.4〜)
vol.6 上達曲線
   

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vol.6  上達曲線
 仕事柄、努力の量に対する成績上昇ラインを単純な右肩上がりとはとらえていない。
 年間を通じて計画的に行われる模擬試験の成績の上昇の仕方を見ても、左図のような上昇ラインを描くことが多いのではないかと思う。

 自分としては計画通りに順調に学習を進めている。日々の学習の中では確かに手応えがあるものの、試験の結果はサッパリだ。
(A)

 もうダメなんじゃないか..とあきらめた頃、それまでの悶々とした気持ちを払拭したかのように高得点、好結果を得る。全くの突然にだ。あまりの唐突さに実感はなく、自分が驚いてしまう。
(B)

 よし、続けてもう一度..と力んで望むと、次はまた元の成績に戻る。やっぱりダメか..とあきらめかけるが、それでも引き続きがんばるしかないのだ。
(C)
 ところが、今度は間もなく自己記録に近い成績をあげ、再び次は沈む。
 まぐれは2度ないと言い聞かせつつがんばっていれば、また好成績となり、そして沈む。ところが、徐々に沈む間隔が短くなり、いつの間にかに最初の好成績が自分の実力となっている。
(A2)
 このように、成績は階段状にのびていくのだ。

 ところが、最近、子どもの指導メモを振り返ってみて、ジャンプの上達曲線が同じであることに気がついた。ある程度、能力的に見通しがあったのであれば別だが、全く予想していなかったことだ。いわゆる積み重ね以前の問題として、運動能力の壁は如何ともし難いことだから..と信じてきた。
 ところが、ミディアムに移行してからの練習を見ると、まさにこの軌跡をトレースしている。

 「化ける」といわれる場面は、このBの瞬間が著しく伸びたとき、それまでの努力が結実したときだと言える。早熟であるか、晩成であるかはX軸(時間)の長さにすぎない。もっとも、選手自身が明確な目標を持ち(Y軸の到達度の高さ)、その時点での練習課題が適切でなければ停滞(スランプがつづく。いわば、上達というのは停滞との我慢比べであり、言い換えれば選手自身に目標か課題に迷いが生じていることなんだろうと思う。                                         
(2003.3)

 

vol.7 シュムレーション・フィギア〜しゅみっと君
 近年はDV(デジタルビデオ)の普及に伴い、小学生の練習でも頻繁に使われるようになった。

 いわゆるビデオカメラと違って、DVの場合は様々な画像操作、分析が可能となり大変重宝しているが、子どもにせよ大学生にせよ、基本動作が身についていない始めたばかりの選手にとって、ビデオで自分の動きを見て何を研究するのだろう?と不思議に思うことがある。小・中学生の初級者の場合は毎回ビデオで撮る場面はあまり見られない。立ち上がり動作(いわゆるサッツの基本動作)ができないうちはビデオで再現してもあまり意味がない。

 自分の動きを見て研究するというのは、ある段階では、自分より技術的に優れた者の動きと比較し、練習のポイントをしぼっていくことにあると思う。また、また、外見上の動きと体の力のいれ具合、バランス感覚とをできる限り一致させるイメージ力が大切だ。

 ある時、職場の同僚が幼児向けの教材として厚紙製の関節が動く人形を作っていた。人形といっても人を側面から見た平面的なものだが、アプローチからサッツ、空中姿勢と説明するにはとても都合がよい。教材としては採用しなかったと言うことなので、もらい受け、早速説明に使った。

 

 
 

 

 
 

    

 
 

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