夢見るジャンプ家族
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 2004年は思いもかけず、TV取材を受ける機会に恵まれました。
 もちろん、我が子を天才だとかスーパーキッズだとか考えているわけではありません。むしろ、「こんな子ができるのなら、ウチの子だって..」という反響を期待しています。また、子ども達が楽しんで取り組む姿を見てもらうことによって、どんな子供も持っている思いもかけない力を親子で見つけよう・・という子育て提案でもあります。
 こうやって振り返ってみるとボク的には「結構、劇的ビフォーアフターになっているなあ」とも感じるのですが、五輪直後に様々な番組で紹介された子ども達で、現在はやめてしまった選手も多いことが大変残念です。「続ける」ことが難しい社会になっているのかもしれません。

 いくつかの取材を受け感じることですが、全国ネットのキー局の番組の場合、スタッフが生のジャンプを見て感激し、ジャンプ少年団にある不思議な教育力に興味を示してくれることが多いようです。それだけ競技が知られていないという現状の裏返しになってしまうのかもしれません。
 2007年には、いよいよ札幌で世界選手権が開催されます。そこで日本選手が大いに活躍することが大切なのですが、その前に、競技自体の楽しさをもっと全国に広めなければなりません。
 ボク達親子が取材を受けることによって、競技の面白さ、様々な感動、有望な少年ジャンパーを番組づくりの情報としてどんどん提供していきたいと考えています。

 

 スーパーJチャンネル テレビ朝日 『ナゼダス調査隊』2005年2月17日

 担当の方が報道部だけあって、「僕たちの夢」同様、非常によく話を聞いてくれました。両者に共通するのは取材の熱心さで、新聞記者以上の緻密な取材姿勢に敬服します。
 レポーターの勝田アナがとても気さくな方で、子ども達とよくなじんでくれましたが、高所恐怖症ということで、気の毒でした。
 飯山の大会で取材があって、大会役員の皆さんには面倒をかけてしまいましたが、宣言通り優勝できてホッとしています。

 

46th 全日本雪印杯   
   
HBC  2004年1月8日      
 昨年に引き続き、全国のジャンプ少年団をトピックで紹介しています。今回は各少年団をスタッフに紹介しましたが、もう少し話を聞いてくれれば同じ様な絵が並ばなかったんじゃないかな..と、ちょっと苦言。
 さて、和大の方はシーズンの中でも絶好調の時で、奇跡ともいえる8位に食い込みました。雪のため1本勝負で終わったため中継に入りました!今年は全国放送でないのが残念〜!
    

 


 僕たちの夢   
 TV東京                
『未来をつくるスーパーキッズたち』

        2004年12月26日
 この2,3年、取材の話はあったのですが、我が子の事よりも全国で有望なジャンプ少年の紹介(情報提供)にスタンスを持ってきました。ただ、番組のねらいがはっきりしなかったり、本社の方針と合わなかったりで立ち消え(はっきり言ってプッツン)になるものが多い。そんな中で企画書の「僕たちの夢」という言葉に共感しました。
 実際、取材に入ってからテーマに変化があったようで年末特番の予告は直前まで「天才の方程式」「天才キッズ発掘」となっていました。番組ではスポンサーのついたキッズプロが多く紹介されていましたから
その意味では、ボク達親子は対照的な存在だったかもしれません。
 番組の特徴として驚かされたのが、こちらから提供したビデオ画像を多用した点です。決して手を抜いたわけではなく、さりげなく残っていた映像をプロとして見事に番組に取り込んでくれました。タイトル画像は
智文の初飛びの時の涙です(写真右)。
 取材担当者が気のおけない方で、実質24時間密着取材みたいになりましたが、とても楽しかったです。
 スポーツドキュメンタリーが専門で、競技の楽しさを取材を通して理解してくれました

 


白馬ノルディックサマー
フェスティバル2004

   
  CSフジ『荻原次晴のスノーブレイク』         2004年9月21日
 憧れの五輪舞台、白馬での試合です。本当はテストジャンパーの予定だった智文ですが、事務局の勧めで小学生として初めて出場となりました。
 「最後まで走れるのかいな?」というところでしたが、兄弟揃って思わぬ健闘を見せてくれました。そして、何よりも驚いたのは大会プロジューサーの荻原兄弟両氏が大会でも番組でも兄弟を大いに励ましてくれたことです。また、大会の雰囲気、最も魅力的な楽しさは、荻原両氏がねらうズバリそのものでした。アスリートから仕掛け人として進化した荻原兄弟を感じました。

 

45th 全日本雪印杯   
   
HBC・TBS  2004年1月3日      
 長野五輪シーズン、雪印杯の中継ではCMの前後に全国のジャンプ少年団を紹介しました。2回目の企画です。
 下川の宿となる集会所(写真左)や内山翁さんよりいただいた幟も全国放送でお披露目できました。
 雪印杯初出場は忘れられない試合ですが、和大が中継で映るはずがなく、学校では「試合で映ってなかった」とひやかされたそうです。ビデオは雪印が送ってくれました

 

 金メダルへの道   
   文部省 『子ども放送局』
        1999年9月20日
 学校5日制が始まり、文部省が独自の衛星チャンネルを使って土曜日限定で制作した番組です。代々木の特設スタジオと白馬サマーグランプリの会場を結ぶ2時間半番組で予想以上に大がかりなものでした。  スタジオに呼ばれた子ども達でしたが、智文の「20mぐらい飛んだことあります」という答に、司会者..「よう言うわ、ホンマに」と信じてもらえませんでした。
 ゲストは河野孝典さん。白馬では船木選手が少年団の子ども達を指導しました。その子ども達の中には、現在全日本Jrで活躍している選手もいます。

 


 われたゴーグル
   HBC 『夕刊ゴジダス』
         1999年3月30日


 まさに調布ジャンプ少年団発足記念ともいえる番組になりました。

 たまたま参考で見せた和大の作文をもとに初めてジャンプに挑戦した時の新鮮な気持ちが当時の子ども達の映像と併せて実にうまく描いてくれています。
 当時、ボク達家族にとっては初めての全国大会であり、果たしてこれから先、子ども達が続けていけるのか..?そんな不安の中でしたから、和大の作文に注目してくれたことにとても感謝しました。
 ただ、親へのインタビューで「それでは、ジャンプ競技である必要はないんですか?」とつっこまれた時は、結構たじろぎましたけど..
 それにしても、大会の合間、ロケバスの中で作文の朗読、写真やゴーグルのカット撮りを済ませ、あれほどの番組にしてしまうのだからTVの仕事は凄いです。
 劇的ビフォー的記録でもあります。