お祭り報告 

[「4.26ウトロの集い」報告(1998.04.26)]
◆ 「5.25ウトロの集い」報告(1997.05.30)
[「3.19ウトロ裁判報告の集い」報告(1997.03.23)]


■5月25日、春のウトロの集い!!
 「韓国人権団体協議会」ウトロ調査団来日!



あっ晴れ!
5.25 ウトロの集い!
5.26 ウトロ現地調査
5.26 宇治市役所、 27 京都府訪問
5.27 「韓国から見たウトロ問題」講演


ひとくちメモ(付録)
──────────

京都府への質問事項+応答(資料)
韓国人権団体協議会ウトロ調査団・声明(資料)


←「晴れ時々雨。所により雷雨、突風、ひょうの〜」。、、、前日時点の天気予報である。「10年に1度の巡り合わせなのか!?」 夜半過ぎ、何かに悔しがりながら、窓の向こうで大音をたてる大雨に耳を傾ける。ところが朝になってみると大天気! 焼き肉最中に、ジャジャ〜と通り雨あったものの、後は「あっ晴れ!」。よかったよかった。ほんと(安堵)。

 
5.25 ウトロの集い!

第1部
会長のアピール ウトロ広場に約200人が集まる。第一部は、厳本明夫町内副会長挨拶から始まり、来賓挨拶、住民アピール、裁判経過の報告などが行われた。


金教一町内会長は「判決を前にしたこの時期、必要なのは団結と闘う気力! 支援をよろしく」と挨拶。韓国人権協議会・ウトロ調査団として来日した3氏、金景南・韓国キリスト教教会協議会人権センター所長、朴淵徹・民主社会のための弁護士会監事、朴基浩・カトリック人権委員会神父を代表し、調査団長の金景南はんも、「居住権をめぐる人権問題、戦後補償の問題という二つの面から韓国国民に支援を呼びかけている。共に頑張りましょう」と熱く呼び掛ける。


高校生のアピール 木村光子はんのアピール

「私は現在高校2年です。このウトロの地で生まれ育ちました。幼い頃から「ウトロの子」というだけで、人とはちょっと違う目で見られたり、また、悔しい思いをすることもありました。土地問題が広がっていくにつれて、それがひどくなっていくのが感じられたのを覚えています。

大人達の戦う姿を見て、土地問題が何であるのか、はっきりとわからないまま、子供達も農楽や合奏演奏、そしてミニコンサート等で、フォーラムや町作りの集いには参加してきました。そんな中で作られていった子供同士の連帯感やつながりといったものは、他の地域にはないすばらしいものだと思っています。

子供というものは大人達の生きる姿を見て大きく生長します。頑張る姿はどんな言葉よりも力強く、又、どんな教育よりも価値のある尊いものです。

聞く
だからこそ、私たちに頑張り抜く姿を見せて下さい。ここで育ってきた子供達もいずれは巣立ち、世界を広げていくことでしょう。でも、ウトロには、いつでもふる里の顔があって欲しいし、いつでも胸をはって帰れる、戻ってこれる場であってほしいと思います。

広い社会でウトロで共に育ってきた兄弟達がバラバラになって追われていくという姿は想像したくありません。幼い後輩達の笑顔を決して断たせることのないようにして下さい。ありがとうございました」

そそくさ(?)と散歩の準備をするウトロ農楽隊の面々

準備する



第2部
ウトロを出発し、日産車体をぐるりと一周。クェンガリ(小鐘)、チャング(長鼓)、そして声々が、晴れた空に響く。割と暑い。それに比し、日産車体構内大部分は休日のためか静か。構内にある自動車学校の学生と目が合う。何とも「奇妙」な出会い。道と構内を隔てる壁の向こうで、ある学生は親指を下に振り下ろし、またある学生は笑って手を振る。こちらもそれに応える。

歩く
散歩 〜歩いたり叫んだり




第3部
焼き肉。酒。みんなで踊ったり、浮かれたり。雨を避け場所を移動しつつも、夜半過ぎまで集う。

踊る
くう、おどる、わらう


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5.26 ウトロ現地調査


新聞報道参照。

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5.26、27 宇治市役所、京都府訪問


調査団一行が26日、宇治市役所を訪問。市側は中野眞爾助役が応対。

−−−もしウトロ住民が立ち退く事態になれば、どのような対応をとるか?
助役「そういったことにならないよう望んでいる」

−−−(被告住民が敗訴し)建物が撤去される場合、どのような事態が起こるかを市は予想し、住民たちを別の場所に移住させる対策はあるのか
助役「移住については、考える時期にはない」

−−−「(元土地所有者の日産車体が住民らが知らないうちに土地を第三者を通じて転売したことは)正当だと考えるか?」
助役「道義的に問題があると考える」

「(ウトロ裁判に関しては)係争中の問題であり行政は関与すべきでない」「この問題の一日も早い解決を望み、市もまちづくりの側面から十分に働きかけていきたい。戦中戦後にかけてご苦労いただいた点も踏まえて配慮したい」とコメント。

──────────

27日、府民ホール・アルティで京都府の武田盛治府民労働部長ら担当者と面会。調査団はウトロ地区の歴史に関する公文書の公開を求めた上で、ウトロへの対応・責任について問いただし、後、記者会見にて「声明」の発表。


[京都府への質問事項+応答(資料)]
[韓国人権団体協議会ウトロ調査団・声明(資料)]
新聞報道も参照して下さい。

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5.27「韓国から見たウトロ問題」講演

講演会名称:  「韓国から見たウトロ問題」
講  演:    朴淵徹さん(韓国人権団体協議会・弁護士)
日  時:    5月27日(火)17:45開場
会  場:    大谷大学聞思館講堂(京都地下鉄北大路駅下車)
主  催:    ウトロ住民の追い出しを許さない学生・青年実行委員会
内  容:    講演(60分)、スライド(ビデオ)上映「この街に生きる」など


おって報告いたします。

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ひとくちメモ(付録)


新飛び出し君 ←【5月25日 新飛び出し君(2人)のお目見え。】

集いに合わせ、新飛び出し君がお目見えする運びとなった。オリジナルと比較した時、その愉快さ愛嬌さに見劣りするものの、彼らの顔を見ているとナニやら顔がほころんでくる (って、作製者(僕(^^;)の独りよがりという話も(笑))。

[作製に要したモノ] 4mmベニアに「日曜大工塗料」木ねじ止め。このスペックで、1年「飛び出し」続けてくれれば大変嬉しい(^^)。作業は2週間を要す。日曜大工という言葉通り、会社より帰宅後ノコギリをギコギコさせるのは「御近所迷惑」のようでダメ。うーむ。


【5月25日 朝から大砲。「なんや!? 戦争かいな!(汗)」】↓ ヘリ(ナゾ)・大久保駐屯地フェスティバル
当日は、ウトロ南隣「自衛隊」京都大久保駐屯地において、なにやらフェスティバル。駐屯地の40周年記念祝典だそうだ。朝っぱらから、翼に「ミサイル」を抱えた戦闘ヘリコプターがドンドコドンドコ、ウトロ上空を滑空。戦車は空砲(?)をドンパチ。大変にぎやかであった。「なんや戦争かいな!?」と、ある住人の方が横であたふたする。、、、何というか、決して心地よく無い賑やかさであった。ちなみに、日産車体で行われる予定であったフェスティバルも「ウトロのつどい」とバッティングしていたのだが、一週間ほど前に中止(?)となった模様。


 
京都府への質問事項(資料)


韓国人権団体協議会ウトロ調査団
1997.5.27

  1. ウトロ土地問題の歴史的経緯と京都府との関わりについてお尋ねします。

    1. 京都飛行場建設における1940年3月の航空局長官と京都府知事との間で締結された「京都飛行場建設に関する協定書」を閲覧もしくは写しを入手することは可能ですか?
    2. 当時飛行場建設に従事した1300人といわれる朝鮮人労働者の雇用形態・労働環境・労働条件・生活実態は、どのようなものであったのですか? 当時の雇用形態を記した「建設事務所庶務細則」という京都府の文書が存在するそうですが、閲覧もしくは写しを入手することは可能ですか?
    3. 1945年8月15日、終戦当時ウトロ地域に放置された韓国・朝鮮人労働者は1300余名といわれていますが、その後どのように分散したのか把握されていますか?
    4. 日本政府の代行業務とはいえ、飛行場建設に従事したウトロ住民に対し、何らの補償もせず、今日まで飯場跡に放置し続けたことに対する京都府の見解をお聞かせ下さ い。

      ←武田盛治府民労働部長
      「戦後処理は国において解決される問題。府の立場には限界がある。しかし府の住民の問題であリ円満解決を望む」


  2. ウトロ土地売買における国土利用計画法の届出についてお尋ねします。

    1. 1986年12月に届出のあった同法23条に基づく当事者の氏名は、平山舛夫氏個人と日産車体(株)となっていますが、実際の土地所有権移転登記は、(有)西日本殖産と日産車体(株)となっています。これは、明らかに同法23条第一項に違反する土地売買契約となっています。こうした届出を受理された府としての見解をお聞かせ下さい。
    2. 国土利用計画法の届出に係る事項には、土地の利用目的が記載事項にありますが、ウトロの土地利用目的はどのようになっていたのか。また、住民が住み続けることを前提とした利用目的でなければ、京都府が受理することによって、住民の生活が脅かされ る今日の事態を予想しえたはずであるが府の見解をお聞かせ下さい。

  3. 国際人権規約とウトロ住民の居住の権利についてお尋ねします。

    1. 居住の権利とは、安全で平穏が保たれ人間としての尊厳が認められる場所で生活する権利であり、「国際人権規約・社会権規約第11条」に基づき、締結国のあらゆる人に保障される基本的人権です。現在のウトロ住民の状況は、この権利が保障されているとお考えですか?京都府としての見解をお聞かせ下さい。
    2. 国連人権委員会は1993年に「強制立ち退きに関する決議」を日本政府を含む53カ国代表の満場一致で採択しました。「強制立ち退き」は、重大な人権侵害であると国連が警告を発しました。京都府として、この決議とウトロ問題との関連についての認識をお示し下さい。
    3. 国際法上、日本政府や地方自治体には、基本的人権である「居住の権利」の実現のために「適切な措置をとる義務」があります。国連の「社会権規約委員会」は、この範囲には、宅地開発業者や土地所有者など第三者の権利濫用から住民を保護することも含まれるとコメントしています。日本国内法上で係争中の案件といえども、基本的人権を守る行政の立場からの措置がとられてしかるべきと考えますが、京都府としての見解をお聞かせ下さい。

  4. ウトロ土地問題解決の行政施策についてお尋ねします。

    ウトロ問題の歴史的経過および国際法上の観点より、京都府は、土地問題の解決にむ け、積極的に介入する行政的義務があると考えます。具体的に検討されている行政施策 があれば、お示し下さい。たとえば、京都府には、ウトロの土地全てを一旦買い上げて、住民主体の町づくり計画を実施する義務があると考えますが、見解をお聞かせ下さい。

    ←武田盛治府民労働部長
    「戦後補償問題は自治体でなく国の責任。法廷で係争中で関与出来ないが、行政としてできる限りの努力はしたい」


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韓国人権団体協議会ウトロ調査団・声明(資料)

声明(資料)


私達調査団は、5月24日ウトロに到着以来、ウトロの人々からの聞き取り調査を始め、現地の人々の歴史、生活を深く知ることになりました。私達が韓国で、ウトロ問題に関して資料を読み、前もって想像していたより、その歴史と現実は、はるかに深刻で不安に満ちたものであったことに、大変ショックを受けております。ウトロで今起こっていることは、重大な人権侵害です。もっと深刻な人権侵害が起きる前に具体的な措置が講じられるべきだと考えます。解決は急を要しております。

私達調査団は、昨日は宇治市、本日は京都府と面談し、ウトロ問題に対するそれぞれの認識・見解・対策を質問しましたが、そこでいただいたお答えは、到底満足できるものではありませんでした。むしろ、私達調査団は、それぞれの行政体の認識の甘さに言葉もありません。

日本のような発展した国で、50年以上暮らし続けてきた人々が、強制立ち退きの不安に脅えなければならないということが、信じられない出来事です。同時に、その人権侵害の原因が、日産のような国際的大企業によって引き起こされたことに深い憤りを覚えます。こうしたことを断じて許すことはできません。

ウトロ問題は、今裁判所で係争中ではありますが、本質的には歴史的・社会的な問題であり、法律で裁かれる問題ではなく、まず行政体の力によって具体的に解決されなければならないことと考えます。

行政体は、早急に具体的な施策を講じ、この重大な人権侵害を取り除く努力をすべきです。

私達調査団は、帰国後、速やかに調査報告書を作成し、ウトロの人々を守るために、国際世論に訴え、広く知らせます。日本と韓国両政府に国際人権規約に基づいて、ウトロの人々の居住権を保障する義務があることを要求します。

ウトロの人々を守るために、あらゆる機会に、この重大な人権侵害を訴え、国際世論に働きかけることをここに声明いたします。

1997年5月27日 
韓国人権団体協議会ウトロ調査団一同 
金 景南  
朴 淵徹  
朴 基浩  


新聞社のインタビューもご覧下さい。
[『「国際世論に訴えていく」』/毎日新聞・京都版(97.05.28)]

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1997.5.30 
報告者:青ひょん 
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