まちづくり 

[ 2002年以降の資料 ]

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[日本居住福祉学会 第2回研究集会のご案内(2001.06.01)]

[ウトロまちづくりの集い「ウトロのまち きのう きょう あした!」ビラ(2000.08.12)]

_ウトロ・ワークショップ1(1999.05.09)
[ウトロ・ワークショップ2(1999.10.24)]
[ウトロ・ワークショップ3(2000.05.14)]
[ウトロ・ワークショップ4(2000.07.02)]
[『「強制立ち退き」との闘い』住宅会議49号]!!

[「京都府知事宛書簡」まちづくり研究会(99.10.18)]
[地区概要(1999.11.21)]
[調査概要(1999.11.21)]


 
_ウトロ・ワークショップ1(1999.05.09)


第1回 住民ワーク・ショップの記録
「ウトロ。これから、どうなる」
1999・5・9
城南勤労者福祉会館
ウトロ町内会・地上げ反対!ウトロを守る会

ワークショップ

はじめに

ウトロ広場では毎年春に、ウトロ町内会とウトロを守る会が共催する大衆的集会が開かれる。ここ数年ウトロ土地問題は「立ち退き」判決が続き、住民は厳しい局面に立たされている。しかし、毎年の集会(焼き肉)では参加者がやや固定化し、住民の発言も特定の人が「外向きの言葉」を繰り返すというスタイルに陥っていた。そこで今回は集会を室内に切り替え、住民を主体とするワークショップという新たな方法を取ることにした。ワークショップの参加者はみな対等。老若男女を問わず、社会的な地位や力量に左右されず、住民自身のつぶやきや一人言を支援者が平等に聞き取って、これをもとに討論を行い、お互いの共通認識を広げ、住民合意の第一歩にしていこうという意図である。とは言っても初めての試み、少し心配ではあった。ワークショップで最も重要な役割を果たすのはコーディネーター(全体の指示者)とファシリテーター(各テーブルの進行役)である。コーディネーターは住民の信頼が厚い田川明子、そのサポートとファシリテーターは守る会のメンバーとした。限られた時間と場所で、「大きな真っ白なキャンバスにどんな絵が描けるか」、全員の共同作業である。

当日の参加者は住民(3分の2は女性)と守る会(2分の1は学生)を合わせて約80人。8つのテーブルにウトロ住民と支援者らが、おのおの4人ずつ互い違いになるように座る。住民、支援者には色違いの用紙が配られる。

第1部は通例通りの集会。町内会長のあいさつに続いて中田政義弁護士より「最終局面を迎えた裁判の状況と今後のこと。特に強制執行の可能性について」報告。続いて大阪高裁で原告側の「ウトロ住民は強制的に居住させられたものではない」とする主張に対する反論を、町内会と守る会がそれぞれ意見表明。第1部は約60分で終了した。

続いて第2部、いよいよワークショップの開始である。まずはコーディネーターより「この集会でなぜワークショップという方法を選んだか」を説明し、隣同士に座る住民と支援者が一組であることを告げる。互いに向き合って自己紹介をする。次にコーディネーターから、これから1問ずつ質問をする。支援者は住民から答えを聞き取って用紙に記入するように、指示する。

まずは第1問、「ウトロのいいところ」をあげてください。2人ずつ32組でいっせいに聞き取りがスタート。約10分後、コーディネーターは聞き取りを中断してテーブルごとの討論に移るように指示する。各テーブルのファシリテーター(進行役)は4組の報告をもとに話し合いを始める。そして討論内容をまとめる。約10分後、コーディネーターは大きな黒板に報告内容のキーワード(単語)のみを書き連ねていく。続いて同様に第2問「ウトロの悪いところ」。第3問「なぜ、ウトロに住み続けたいのか(理由)」。第4問「(あなたは)これからどうするの」。

質問項目はその都度、会場で知らせる。最後に会場でマイクを回し、聞き役に回っていた支援者から感想や意見などを聞く。数名が発言する。配布された用紙を回収する。結果はまとめて町内会に報告することを確認して終了。第2部は約120分かかった。 以下は、その内容である。


<第1問 「ウトロのいいところ」>






<第1問のコメント>


まずは自己紹介からスタート。当初のぎこちなさはすぐに解消されて、だんだんとみんなの気持ちが集中していく。第1問は住民にとって答えやすい問題であった。会場のあちこち共感のため息がもれる。質問はよく理解されて、ほぼ100%の人が適切に答えた。各テーブルの報告が行われるたびに、その根底にある・・・共通の感情、認識、価値観・・・を住民一人ひとりが心の中で確認していく。ウトロは本当に一つの「朝鮮人コミュニティー」なのだという共感が会場いっぱいに広がった。





<第2問「ウトロの悪いところ」>






<第2問のコメント>


さて、第2問は前問とは反対の質問だ。面と向かって「悪いところは・・・」と聞かれて住民はウーンとうなったり、天井を見上げたり、必死に相手に説明したり。さまざまな反応を示した。みんなまじめな顔をしている。


回答は4つのパターンに分かれた。住民自身の中にある弱さ、悪さをみずから指摘したものが全体の約半分あった。ウトロは外の日本人社会から全体が悪く見られてきた。このことに触れた回答が実に4分の1を占めた。それは長い間の被差別状況が住民の意識の中に投影した結果であろうか。残り4分の1は「悪いところはない」と否定したもの、質問の意味を「環境問題の悪さ」と理解した回答などであった。(住民は複数回答している)


各テーブルからの報告に移ると会場は静まり、集中しながらも何度も沸いた。「酒癖が悪い」、「ガラが悪い」、「言葉が悪い」・・・思わず失笑がもれる。「そうでもしなければ生きてこれなかった」という言葉に住民のだれもがうなずく。過去の共通の体験が、住民自身の許容範囲を広げているようだ。「儒教的」「嫁にきつい」など世代間のシビアな面には住民の中からおそらく反論もあるだろう。「尊敬できる男性」に、目くじらを立ててはいけない。


これらはワークショップの場だからこそ出せた率直な意見である。参加者のその場の発言は保障されるのがルールである。住民は日常さまざまなことを感じている。その一部分をゲーム感覚で軽く言えた、聞けたことは大きな収穫である。だれしも見るべきところはちゃんと見ているのだ。






<第3問「なぜウトロに住みたいのか」>






<第3問のコメント>


第3問は「理由」を問う質問であるから、前問に比べると難しい。質問に適切に答えたのは約6割。つぎのような共通項でくくられる。「ほかに行くところがない。ここしか知らない。ここは故郷。親から引き継いだもの。住みやすく、住み慣れている。家族数も多いし、ここなら自由な生活ができる。貧しくても助け合っているこの町が好き。生活力がないから(あっても)ほかで暮らすことはできない」


それはまた、次のような具体性につながる。「病気のときもだれかが声を掛けてくれる。声掛けがあるからウトロの中に痴呆性老人はいない。自分のところで死ぬまで住みたい。チャンゴ(民族楽器)が思い切り叩ける。ウトロの人とあいさつすると自然と笑顔がこぼれる。ここには言葉では表せない雰囲気がある」


ウトロに住み続けたい「理由」、それを一言で表すなら・・・「居住の権利」


人間は決して一人では生きられないという自然の感覚が、ウトロにはある。





<第4問「これからどうする」>






<第4問のコメント>


今回の集会のタイトルは、「ウトロ。これからどうする、どうなる」。第4問はタイトルそのものの質問である。しかし、事前の準備で「やる」と決めていたのは第3問まで。第4問に移れるかどうかはコーディネーターのその場の判断に任されていた。「あなたはこれからどうするの?」この端的な質問に果たして住民はどう反応するか、刺激的すぎないか、すこしの躊躇(ちゅうちょ)があった。


第3問までは順調に進み、いよいよ第4問に移った。


住民の答えの特徴をいくつか挙げよう。回答のパターンは多岐に渡るが、質問の意味を正しく理解したものは多くない。「分からない」という答えを含め、適切に答えようと意識したものは全体の3割前後であろうか。その中で複数の人が述べたのは、「どうしてよいか分からない」、「(相手との交渉で)土地を買いたい」、「(買えるなら低利の融資など)行政の援助を」、「周辺地域の人々の理解を広げよう」などの点である。もちろん、これらが全体の声を代表しているというわけではない。


不適切な答えの例としては、質問の意味を取り違えたり、前問の答えが入り込んだり、あるいは直前の弁護士報告の影響を受けて、「強制執行」への恐怖感が直接結びついたしたものであった。また、「なんとかしなければならないが、どうすればいいか分からず、」、主観的な決意を抽象的、断定的に述べた例も目立った。


各テーブルの討論では、支援者から「裁判は事実上終わったというのに、まだそんなことを言っているの」という指摘がなされるなど、討論の深まりが見られた。ときにはこうした本音を言い合う場も必要であろう。全体としては、事前にある程度予想していた結果の範囲内であった。


今回のワークショップを通じて、住民の意識実態が明らかになったことは、ひとつの成果である。やがて裁判が終わり、「敗訴」判決が確定すると、事態は急激に動き出すだろう。のんびりとした住民の日常ペースを超えて、「住民の意志」を内外に示さねばならない日が必ず来る。住民の絶対多数が望む「ウトロで暮らす」ためには、「こうやって生きてきた」だけではなく、「これからどうやって生きていくのか」を考えなくてはならない。何もせずにいることはもはや許されないのである。


みんなが住める、みんなのまちづくりに向けて、住民は己の居住能力を高め、みんなの力を一つに結集しなければならない。ここ1、2年が正念場。住民が一歩前に出ることで、私たち「ウトロを守る会」の果たすべき役割も変わってこよう。


・・・だが、今は少し急がねばならない。(S)





<キーワード>

第1問
洗濯物、おかず、ご飯、留守番、鍵、用事、病気、助け合い、近所、お金を借りるとき、長屋、子ども、人情、住めば都、親戚、法事、ふるさと、みな同じ立場、事業、差別、人がいい、不安がない、日本では得難い、一致団結、老人大切、一人暮らし


第2問
口が悪い、ガラ悪い、逃げ場、人まかせ、文句だけ、時間にルーズ、個人の考えに差、けんかもある、酒癖悪い、近所迷惑、一部の人で全体が見られる、尊敬できる男性がいない、他人の子を叱れなくなった、もっと民族文化を、言葉遣い、日本人が来たら困る、差別行政、火事、仕事なし、若い子のイメージ、悪いところが見えない、灯台もと暗し、恐いイメージ、嫁にきつい、常識がない、ゴミの出し方、ペットの飼い方、先入観、環境が悪い、下水がない、水、区画整理、自衛隊のヘリ騒音、選挙権


第3問
お金がない、同胞がいる、家族数多い、行くところがない、ふるさと、ホームレス、生活基盤、骨を埋める、自由な生活、チャング、出身地、民族感情、老人住みやすい、仕事、息苦しい、若い子の意識、出た子が戻れる場所、バラック居住、被差別体験、世代間の差、助けてくれる人、安心、低利の融資、経済力、痴呆症、身内感覚


第4問
低利の融資、金のある人だけ、生きるのも死ぬのも一緒、和解、分からない、知恵、ぴんとこない、先が見えない、裁判官に直接、日本人社会・歴史の問題、居住の権利、買える金額、行政の助成・援助、ゴボウ抜き、周囲の日本人社会の理解、買える人・買えない人、やるだけやる、ローン、男性が中心に、日産と、実力で住む、原告になれないか、座り込み、宇治市、守る会、最後まで、眠れない夜、不動産登記、よい点


<あとがき>


ワークショップはその準備段階から始まる。私たちはウトロ町内会三役と協議を重ね、一人でも多くの人が参加できるように呼びかけた。住民は協力的で、守る会がビラを作ると、住民(とくに女性たち)は周辺地域に歩いてビラを配った。初めてのことである。 集会後、住民から感想を聞いた。

「こんなに真剣になったのははじめて。みんなの意見が聞けて面白かった。まだ言い足りない」「ウトロのことは知り尽くしているつもりだったが、新たな発見があった」「参加者に男性が少ない。つぎは世帯主を集めよう」「ウトロの程度は低いから、きっと守る会の人もあきれているわ」「どんなに虐げられても生き抜いていく朝鮮人の気質が、ウトロでは歴史的に連続している。捨てたものではない」「家族の中で土地問題をこんな風に話しあったことはないなー」「ウトロに対する自分たちの気持ちが若い子らには伝わっていない」「もっと周辺の町内にも出ていって、何でも参加するようにしないといけない」。

これらの声を大切にしながら、さてこれからどうするか・・・ワークショップの前よりは「何を考えたら良いのか」は分かってきたと思うのだが、どうだろうか。(S)


<ウトロ・データ>


ワークショップ
人口266人(女性147人、男性119人)
世帯数71(9割以上が韓国・朝鮮籍)
世帯平均人口3・74人(宇治市平均2・76人)
宇治市人口190824人(99年6月現在)うち外国人登録3206人
発行1999年7月1日
地上げ反対!ウトロを守る会
宇治市伊勢田町ウトロ51 厳本明夫方
カンパ300円


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