What's UTORO -1997.3- [English/Japanese]
NEW YORK TIMES -1993.3.1- [English/Japanese]


アメリカ市民へ、
日本のウトロのコリアンからの緊急の訴え


なぜ日産は
私たちの家庭を
こわしたいのか?




ウトロ、希望の上に築かれた町

 ウトロの町が生まれたのは、日本の軍国的な支配者たちが、京都の南に飛行機製造工場や飛行場を作るために多くのコリアン労働者を働かせた時でした。戦後、コリアン労働者は見捨てられました。家もなく、仕事もなく、そして多くの人々はコリアに帰る術もなかったのです。ウトロのコリアン労働者はこのような状況に耐え、その基地の片すみから生活を切り開いてきました。一方、ウトロのコリアンがなんとか暮らしをたてている間に、軍用飛行場を作っていた日産の工場は車を作りはじめたのでした。ウトロを含む基地のまわりの土地は、相変わらず日産が所有し続けたのです。

 1987年のこと、日産は地価高騰の風潮の中で、住民に知らせることなく、5エーカーの土地を不動産業者に売り払ったのです。その不動産業者は解体業者をよこしてウトロを破壊しようとしました。でも私たちは動きませんでした。私たちは日産に話し合いを求めていますが、日産は私たちの声を無視しています。でも、日産は、日産の車を買うアメリカ人の声を無視できませんし、自分の名声をきづつけたくはないのです。日産は土地を売ってしまったのだから、もはや責任はないと言います。でも、ウトロの住民にしてしまったことの責任は逃れられません。ベンツ社は第二次世界大戦中に強制労働させられた外国人に、自発的に2,000万マルクを与えたのです。莫大な資産を持つ日産は、歴史的な誤りをただすための、小さなほんの少しばかりの土地のゆとりはあるのではないでしょうか。
 




 0年前、第2次世界大戦を間近かにしたコリアで、私たちの母は日本兵に強姦されたり、父は日本につれて行かれ、炭坑や工場で働かされたりしました。何千人もの若いコリアンの女性はつれ去られ、軍の「慰安所」で使われたのでした。この犠牲者の家族と、ウトロに住むコリアンにとって、民族差別は今も終わることのない悪夢なのです。

 4年前の冬、不動産業者が立退き通告書を持って来ました。それから解体屋が家を解体しようとしました。戦時中私たちの労働で得をした日産は、私たちに知らせることもなく私たちの町を売ってしまい、今も私たちとの話し合いに応じようとしないのです。


日本政府と日産が
無視しようとする歴史

 私たちは、これまでずっとウトロで生きてきたにもかかわらず、日本政府と日産は私たちをよそ者扱いしています。日本のきびしいアパルトヘイトによって、私たちには日本の市民には在る権利や基本的人権が保障されていません。これが私たちの身の上であり、私たちに冷たい国の片すみで、子供達を育て家庭を築いてきた80世帯の状況なのです。全ての在日外国人のうち約70%はコリアンで、その多くは第2次世界大戦中強制労働者としてつれてこられました。そして戦後は、コリアンを人なみと見ないこの国で、雇用者に見捨てられ、補償もなく、仕事を見つけることも因難でした。私たちの母や父はいっしょに力をあわせ、このウトロの町を創り、家族を守り、学校を建て、事業を始めました。日本でよい市民であろうとしました。

 しかし、日本の対応は、戦時中の文化的抹殺政策から、平和時の民族差別の制度に変えるということでした。その目的は、本質的に変わることなく、日本に住むコリアンや中国人の民族の特質(その文化や言葉を含めて)を抑圧することでした。アメリカの占領が終わるやいなや、日本に住むコリアンや台湾人は、それまで持っていた少しばかりの権利を取り上げられ、外国人は外国人登録法(外登法)に従うよう宣告されました。


我々は、
生まれた土地でよそ者

 外登法の下で約70万人のコリアンは、日本で生まれ、以来ずっと日本で暮らしてきたにもかかわらず、未だによそ者として扱われています。私たちは法務省に登録され、写真をとられ、この1月までは指紋もとられコンピューター化された外国人登録証を常時携帯しなければならないのです。帰化することで、いくらかは日本の制度化された差別から逃れることができるかもしれません。しかし、帰化はそれ自体が民族差別に根づいた道筋なのです。

 他の近代的な先進民主主義諸国とはちがい、日本は市民権、国籍そして民族というものを区別しません。そして、人種的純粋さと単一民族性を重んじています。帰化は完全な同化を求めており、私たちの民族的特質の消滅を意味しています。法律上ではそのことは求めてられていませんが、手続上の目安では帰化申請者は、充分に日本人化しているという同化の証しを示すことを強いられています。その同化の証しとして日本名を使うよう、また、もっぱら日本語を話すよう圧力をかけられたり、日本的な考えや習慣に適応していることを示さなけれぱなりません。

 帰化によって平等への法的な壁をある程度取り去ることができるかも知れませんが、中国人やコリアン系の人々を苦しめている社会的差別をなくすことにはなりません。子供たちは学校でいじめられたり、民族的出生を卑下するような教育を受けたりしました。コリアンと日本人の民族間の結婚は喜ろこばれません。雇用者は通常、応募者が日本人でないかどうか、民族的背景を調べます。コリアンや中国人、そして他の外国人は、日々の生活のあらゆる場面で差別と直面するのです。




日産と日本政府への
私たちのアピール

 最近になってコリアンや中国人の人権団体の坑議に応えて、政府は指紋押捺義務を廃止しました。こういった抗議は、政府の在日外国人に対する扱い方に反対している多くの日本人の共感を得、支援されました。私たちはこのような助けをありがたく思います。そして、「ウトロを守る会」に参加する日本人が増えていることに勇気づけられています。「彼らはウトロを守ることは日本人の責任だと考えているのです」と、ウトロに住む2世の巌明夫(ウォンミョンブ)さんは言います。「私たちはもう一人きりではないのです」

 日本政府もまた一人きりというわけではありません。カナダやアメリカやドイツは、自からの戦争中の行為によって苦しませた罪のない人々に償いをしているのですから。ウトロの人たちは一生懸命働き、家族のことを気づかい、家庭を築いている人ならあたりまえの状態、当然の権利を求めているにすぎないのです。

 日本の指導者は、この民族差別の問題に向き合う最初の困難な第一歩を歩むことが今できるのです。真の平等への道は長く困難なものでしょう。日産は私たちと話し合うだけでその道案内となれるのです。これは求めすぎなのでしょうか。日産は世界市場で成功した企業の見本なのです。会社のパンフレットで、日産車体は「快適で人間らしい暮らしを地球上のすべての人々ヘ、これが私たちの願いです」と誇らしく述べています。日産は自国で人間らしさの新しい基準を確立する、ウトロがその機会なのです。


アメリカの人たちへ
私たちのアピール

 私たち、ウトロの住民は、日産のような大きく力のある企業に対して勝ち目はほとんどありません。日本政府への訴えは無視され続けています。私たちの家庭と町をともに守っていくための時間はもうなくなっています。立ち退きへの過程は今進行中なのです。私たちにとって事態は重大なものとなっているのです。広く存在する民族差別や敵意から私たちの家族を守ってくれるウトロの町なしでは、そうでなくても決して容易ではなかった私たちの生活はたえがたいものになってしまうでしょう。だから私たちはこの意見広告で、アメリカの公正で思いやりのある人たちに訴えるという前例のなり手だてをとったのです。私たちはあなた方の支援を求めて貯金をつぎこみました。アメリカの車市場は日産にとって大変重要なものですから、あなた方が支援の意志表示をしてくれることで、実際にこの事態に影響をあたえることができるでしょう。どうか力を貸して下さい。日産の指導者はあなた方の声に耳を傾けるでしょう。私たちの最後の希望はあなた方の手の中にあります。どうか手紙を送って下さい。そして日産に、私たちがこれまでもう十分に苦しい思いをして生きてきたということを伝えて下さい。

 どうもありがとう。

#この文で、日産とは日産車体(株)のことであり、日産自動車(株)を含む巨大な日産企業集団の一部を指します


ウトロを守る意見広告運動






日産車体株式会社 社長 上村聰様

 ウトロのコリアンはとても苦しい思いをしてきたのです。今、あなたの歴史的責任を認める時です。まず、ウトロの人たちへの立ち退きの進行を中止させるよう働きかけることから始めなさい。未だに生活を傷つける民族差別から、身を守ってくれる町で、ウトロの家族たちがいっしょに暮らせるように、誠意をもって話し合いなさい。もしそうでなければ、立派な企業であるというあなたの評判はくずれてしまうでしょう。もし、ウトロの人たちが追い出されるようなことになれば、私は日産の車を買わないでしょうし、友人や家族たちにもそうするようにすすめます。

(住所・氏名)


 

日産自動車株式会社 社長 辻義文様

 ウトロのコリアンはとても苦しい思いをしてきたのです。今、あなたの歴史的責任を認める時です。そして、ウトロの人たちへの立ち退きの進行の中止を働きかけるように、日産車体に促しなさい。また、いまだに生活を傷つける民族差別から身を守ってくれる町で、ウトロの家族たちがいっしょに暮らせるように、誠意をもって話し合いを始めるように、日産車体に促しなさい。もしそうしなければ、立派な企業であるというあなたの評判はくずれてしまうでしょう。もし、ウトロの人たちが追い出されるようなことになれば、私は日産の車を買わないでしょうし、友人や家族たちにもそうするようにすすめます。

(住所・氏名)


 

宮沢首箱殿
日本大使館 栗山大使気付


 日本政府は、民族的不公平を助長したり、見過したりすることをやめる時です。まず、雇用の差別をやめてください。それがさしあたって重要なのは、雇用差別が社会にある色々な偏見を助長しているからです。ウトロのコリアンのように苦闘している人たちを援助したり、戦前の政府の政策による犠牲者を援助することが、あわせて必要な第一歩です。また、第2次世界大戦中の罪のない人たちへの不正義を、公式に望めたドイツやアメリカやカナダの先例にならってください。このような課題があるということを認めなければ、世界的なリーダーとしての日本の努力に暗い影を落とすこととなるでしょう。

(住所・氏名)


 

ウトロを守る意見広告運動



 よくわかりました。ウトロの人たちはとても苦しい思いをしてきたのですね。私は「追い立てから町を守ろう」というあなた方の闘いを支援します。また、在日外国人が受けている民族的な不公平に抗議するという、あなた方の努力を支持します。私はもう日本政府と日産に手紙を出しました。それは、在日の罪のない人たちへの広く染み込んだ、また、あからさまな差別をなくす手だてをすぐさまとりなさいという要求です。
 あなたのメッセージを添えて下さい。

(住所・氏名)


 

ニューヨーク・タイムズ ---1993.3.1--- (日本語直訳版)  [English]




##ページ作成者注##

1993年度の記事であり、また、米国新聞読者に対する内容という事もあって、「ウトロ問題」への言及よりも、在日コリアン全般の抱える状況の紹介となっています。また、情勢変化している部分なども若干含まれておりますが、基本的状況は変わっていないのではないか(?)、、、、と判断し、転載しています。尚、「直訳」と書いた通り、上手く表現できておらぬ箇所もあります。その「直訳」のせいもあってか、「むむ?」と唸る部分もあるかと。宜しければ、英語版と見比べ意見ありし方に御教授していただければ、、と考えておる次第です。

青ひょん
e-mail aohyon@ka2.so-net.ne.jp

写真/小川省平


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