星空への招待
36. 深夜の釜トンネルを歩いた話 


季節がら背筋が涼しくなるような話を聞きたくなります。
星を見るには夜が活動時間となってしまいますから、暗いところが苦手な方は
“こわい”という気持ちが先行して夜空を見上げる機会を
減らしてしまっているかも知れません。

私も子供のころは夜を恐がる子で、「オバケはイヤだ」とか思っていましたが、
不思議なもので、星を見るようになってから暗い夜がこわいなどとは思わなくなりました。
小さいころ自転車で近くの山へ星を見ながら出かけたものの、しだいに曇ってしまい、
星空が見えなくなった途端、急に恐怖感におそわれた経験があります。
今でも上高地で、星の見えない夜道を出歩くのは気が進みません。
灯りも少なく、ほんとうに“一寸先は闇”という感じで、
懐中電灯なしで歩くのは不可能です。

そんな私が、昼間でも薄暗いあの釜トンネルを深夜に独り、
歩いて上ってくるという勇気ある(もの好きな?)挑戦をしました。
冬季閉鎖中に上高地散策に訪れる場合、みなさん歩いて登ってくるしか
方法はないわけですが、シーズン中は排気ガスもひどく、
徒歩はできるだけ避けたいと多くの方は思うでしょう。
去年までは私もそう考えていましたが、
MTB(マウンテンバイク)乗りになった今年は違います。
ある日仕事を終えて、車ではなくMTBに跨って
塩尻までの下山を試みました。

往復110kmの道のり、詳しい道中記は割愛しますが、
行きと帰り、当然のことながら釜トンネルを抜けなくてはなりません。
下る一方の行きはよいよい、帰りはコワイで、
疲れ果てて最後の難関・釜トンネルに差しかかったのは午後11時頃です。
21段変速のギアを駆使しても勾配20%の上り坂を乗り越えるだけの
体力は残っておらず、中の湯ゲートからとぼとぼと歩いて、
MTBを押して登りきりました。
深夜ですから当然車や人の往来はなく、それでも信号機だけが
規則正しく作動している光景は不気味でした。

星を見ることを趣味としていると、なにか怖い体験をすることも多いのでは
とお考えかもしれませんが、たとえ希望しても、筋書きどおりの恐怖体験など
なかなかできないものです。例えば今回
深夜の釜トンネルで、「待って〜」という女性の声に呼び止められた、
というような出来事はついに起きませんでした。

星見とサイクリングは無理なこじつけでしたが、さまざまな「夜」の活動を
怖がらずに楽しめばいいと思います。
人生の半分は夜、“天と地”に分けた半分は空なのです。
夜空にもっと目を向けよう。


上高地ビジターセンターだより 『マガモ新聞』 No.157 (1997年8月11日発行)より

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