第1日/香港から広州へ

(前略)
 それはいいとして、AM10:00 香港へ向かう全日空909便は定刻に成田を飛び立つ。
5年ぶりに乗った飛行機は揺れもなく、中央の席で窓からの景色も見えず、14:15の到着まで
特に面白いことはなかったです。
 香港は時差が−1時間あり、現地時刻で言えば到着は13:15ということになります。
香港空港は世界一狭い空港だそうです。北緯22度、気温33度。機外に出ていきなりモワッと暑く、
そして空気が生臭い感じがした。ホンコンについては、最終日にもう一回寄ったのでそこで書くと
します。
 貸切りバスで九龍駅へ。16:20羅湖行き電車発。この電車は一般の人が利用するものだが、
日本のよりずっときれいである。もちろんクーラーも効いている。現地の人と顔や服装は同じなので、
喋らなければ違和感はない。大荷物を持ってさえいなければ。先生は車窓から見える植物の解説を
している。「キョウチクトウが咲いているよ〜 ホウの木だよ〜」という具合に。僕にはよく分からなかっ
たが。
 そうこうしているうちに17:00 羅湖着。香港側の最終駅である。そこから広州へ向かうには、
中国側の始発駅・深セン(ワープロで出ません。土偏に川)まで歩かなければならない。羅湖駅のそばに
ドブのような、小さな川が流れているのだが、これが「国境」となっている。駅を出るにも一列に並んで、
パスポートを見せて… というチェックを受けなければ通してもらえない。ガードマンが見張っている。
気温35℃。ちきしょーこの暑いのにまったくばかばかしいことだ、という気がしてくる。
 あさおが感じた今日のキーワードは「ボーダーレス」だった。“imagine”ではないが、国境のない時代が
くればと本当に思った。

 19:08 深セン発。中国に入った。中国では夏時間を採用しているため、ここから日本との時差は
なくなる(注:このレポートでは、香港での時差は無視しましたので 表記はすべて日本と同時刻です)。
 「国境」付近で2時間も足止めを食ってしまったことになる。時間にルーズな中国であるが、火車
(中国ではこう書く)は珍しく定刻に発車した。クリーム色がかった白地に薄青色のラインが入った古い
感じの列車。内装は木製である。車高が高い。お茶とか扇子とか象牙の彫刻、テーブルクロス等々
売りにくる。早速買っている人もいたが僕はまったく興味なし。旅は始まったばかりではないか。
 一昔前の日本の山村のような風景を窓越しにみながら約1時間、広東省の省都・広州に着いた。
天気◎(注:天気図の記号で、くもり)。19:45頃 列車から日没を見たので、まだ薄明が残る駅前―――
 その人の多さにまず驚いた。駅の待合室も人で埋まっていた。どうも何か目的があって集まってきて
いるというのではないらしい。仕事や、食べ物や、とにかく何かあるかもしれない、と思ってたむろして
いるのだろう。皆一様に地味な、粗末な衣服で、老若男女・・・ 数千人はいたと思う。何をしているわけ
でもなく。そのなかを僕たちははぐれないように並んで、縫うように歩いた。とは言ってもバスまでの
ほんの数分間だったけど。
 NEC、SONY、CASIOといった日本企業のネオンがこんなところでも光っている。僕らは一目で旅行者
と分かるので、人々は寄ってきて声をかけてくる。子供を抱いたお母さんや年寄りが口を開けて指で示
したり、手のひらを差し出してきたりするので言いたいことは分かる。バスに乗っても窓ガラスを叩いて、
尚も要求する。要するに物乞いだ。僕はそのとき飴をもっていたので、窓を開けて渡してあげようと思え
ば、そうすることはできた。だけど気が付かないふりをしてしまった。
 なんだか、食べ物でも何でもだが「分け与えてやる」という行動をとることにすごく抵抗を感じたからだ。
気持ちの問題かもしれないが、ここで何かをあげても根本的な解決にはならないと思った。貧しいのは
眼前のこの母子だけじゃないし… いきなり中国の現状を目の当たりにして、どうしたものか判断しかね
ていたというのが正直なところだ。
 周りに集まった人々を無視するかのように、バスはそのまま駅前を出発した。このとき僕はどうするべ
きだったのか、はっきりした答えは未だに見つけられない。

 「食は広州にあり」といわれる。広東料理は日本人の口にもよく合うようだ。
時刻は22時を過ぎていたが、それから夕食。市内のレストランにて。このツアーは全食事付きである。
食い物に心配することはないけれど、食欲のないときにも次々料理が出てくるので、それに困ったことも
あった。
 旅行中、食事は全て円卓。中華料理っていうとそうだけど、中央に回転する台があって、その上に
料理がデンと置かれ、くるくると回しては各自食べたいものを取って・・・ という食事風景。したがって
箸が長いのである。30cmはある。
 また、使い捨てなどという悪習はない。箸はプラスチックか、ちゃんとした木かなにかでできており、
洗って繰り返し使っている。旅行中、割り箸は使うまいとあさおは箸持参で行ったが、自分の箸は結局
使わなくて済んだ。中国に「割り箸」というものは存在しないのである。 ホントかなあ?
 (中略)
 でもって、24時前ホテル着。長い一日が終わった。暑かったし色々あって結構疲れた〜って感じ。
なのに「若いから、これくらいじゃ疲れないでしょう」との問いに「ええ」と見栄を張って答えてしまう自分
は何なんだろう、と思ってしまう。
 広州駅前の人ごみ、市内の喧騒のなかで、僕は夏の夜の雰囲気を思い出していた。この風景に
BGMをつけるとするなら、崎谷健次郎の「もう一度夜を止めて」が合うと思った。歌詞ではなく、曲の雰
囲気がこの情景に合うと僕は感じた。なんとなく気怠くて、喧騒のなかに漂う寂しさ・・・とでもいうのか、
夏になるとふとこんな気持ちになることがあるなぁと思いつつ、寝ました。


次回は「第2日/広州から昆明へ」 です。
  
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〜1991年5月〜


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