ベティ・ブープ作品を初めて観てから、はや2年。それから、様々なカートゥーン・アニメーションを観てきたけど、やっぱりベティは別格だ。
たかが漫画映画でしょ、ってな思い込みを打ち砕くシュールな展開と、グルーヴィーなノリのよさ。観ていると、ちょっとしたトリップ感がある。
黒々とした線で描かれた世界が、画面から溢れ出して、見ているこちら側の世界もぐにゃりと歪む。何なんだ、こりゃ?
ベティ・ブープは、1930年代、マックス・フライシャーとデイヴ・フライシャーの兄弟によって作られたアニメーションの人気キャラクター。
出演作品は100本以上。シリーズは、ほとんどが7分前後で、1作を除いてすべてモノクロ。
ミニスカートにガーターベルトがトレードマークで、口癖は「ププッピドゥ」。
主な共演キャラクターは、初期作品では道化師のココや擬人化された犬のビンボー、
後期には飼い犬のパジィや発明家のじいさんグランピィなどなど(※1)。
さらに、キャブ・キャロウェイやルイ・アームストロングなど、当時のジャズ・ミュージシャンたちとも共演している。
その作風は、同時代にミッキー・マウスで一世を風靡したディズニーアニメーションとはまた違った、
お色気と怪奇趣味とナンセンスなギャグを振りまいていたとか。
まあ、スカートがめくれ上がったり、お化けに追いかけられたりっていう、エログロテイストは、今の目から見れば大人しいもので、
面白いけど特筆するほどのものじゃあない。それより俺を夢中にさせるのは、その奇妙な動きやノリよく繰り出されるギャグの数々だ。
これが、エログロナンセンスと結びついたとき、アシッド感覚って言うのかな、めまいがするような不思議な酩酊感が生まれる。
「Betty Boop's May Party(ベティのピクニック)」(33)は、ゴムの樹から樹液が噴き出し、
それを浴びたものすべてがゴム化してぐにゃぐにゃになっちゃうっていう作品(※3)。
観覧車のカゴがぽったらぽったら回り、キリンは酔っ払ったようにくねくね動き、レールはびろーんと垂れ下がり、
湖に飛び込むと湖面がトランポリンのようになっていて、ぼよんと跳ね返るという具合。このゴム感が面白い。
さらにすごいのは、画面の中心でベティたちがくるっと一回転すると、地面がよじれ周囲の背景全体に皺がよる。これには、びっくりした。
絵を動かすアニメーションにしかできない表現。何たって、世界がよじれちゃうんだから。これだよ、これ。この瞬間、くらくらっとめまいがする。
でも、このゴム化自体は、フライシャー作品では、それほど珍しくない出来事なんだよね。
特に初期のベティ作品では、何もかもがゴムでできているようにぐにゃぐにゃと形を変える。俺は「軟体趣味」って呼んでいるんだけど、
窓枠が引っぱられて伸びたり、人を詰め込んだビルが膨れ上がったり、レールがパスタのように絡み合ったりということが、
ごくごく当たり前のように起きる世界。
「May Party」の前身とも言える「Betty Boop, MD(ベティ博士とハイド)」(32)には、
不思議な薬を飲んだ人たちが、ビンボーとココを先頭に上下左右に伸び縮みしながら行進するっていう、軟体趣味あふれるシーンがある。
ちなみに、筒井康隆はこのシーンを、「ドラッグ・アートの傑作」と絶賛している(※4)。
確かに、このシーンに至るまでのわけのわからないギャグの連打と相まって、クレイジーなトリップ感がある(※5)。恐るべし、ベティの薬。
さて、ゴム化した世界は、じっとしていない。ぶるぶる震え、くねくねのたうち、ふらふら揺れる。ただ動くだけじゃない。
生物も無生物の区別がないのもフライシャー流。木や花、ベッドや椅子、波や炎などなど、自ら意思を持っているかのように動き出す。
鍵穴が口になり鍵を呑み込むとか、列車が芋虫のようにビルを這い登るとか、パンケーキが自らひっくり返るなんてのは、当たり前。
「Betty Boop's Bamboo Isle(酋長の娘)」(32)には、モーターボートのエンジンや錨が犬と化して、
キャンキャン吠えたり体から水滴を振り落としたりするギャグがある。
さらに、パナマ運河がまでが、陽気なハワイアンに合わせてパッチンパッチン手拍子する。なんて、どでかいハンドクラップ。
中でも、俺が好きなのは「Any Rags(ビン坊の屑屋)」(32)。歌いながらノリノリで廃品回収をしているビンボー。
そして、終盤、荷車に積まれた袋からベティが飛び出した途端、曲のリズムが早くなり様々な廃品たちが荷台から躍り出て、ステップを踏み始める。
この、動かないはずのモノたちがいっせいに動き出す解放感がたまらない。
ベティが歌えば、それに合わせてすべてのモノたちが生き生きと踊り出す(※6)。まるでベティを祝福しているかのようだ。
これだよ。この瞬間、くらくらっとめまいがする。
音楽に合わせて動く。これこそ、フライシャーの肝だと思う。ジャズ狂のフライシャーは、音楽に合わせて作品をスウィングさせまくるわけよ。
様々なアクションが、ギャグの繰り出されるタイミングが、背景のループが、すべてが音楽とぴったり寄り添いシンクロしている。
初期の傑作「Bimbo's Initiation(ビン坊の結社加盟)」(31)は、そのシンクロっぷりがたっぷり楽しめる作品。
ビンボーが、謎めいた地下組織にうっかりもぐり込み、仲間になれと脅かされては逃げ、脅かされては逃げをくり返すという、
フライシャーの怪奇趣味が存分に発揮された話。
おんなじメロディーを随所に挟んで全体のリズムを作る上手さ。音に合わせて緩急自在にアクションが繰り広げられ、音楽が変わればシーンも変わる。
終盤の逃走シーンは、音楽のループと背景のループが見事に合わさって、もうノリノリ。画面に吸い込まれそうなグルーヴ感がある(※7)。
音楽とシンクロして動く、その最たるものがダンスだ。
中でも、シリーズ最高傑作と言われる「Snow-White(白雪姫)」(33)の、お化けのダンスは忘れ難い。
小人たちに運ばれていくベティを追って、冷え冷えとした洞窟に入り込んだココ。
キャプ・キャロウェイの「聖ジェームス病院」を歌いながら、ゆうらりゆうらり歩いていく。
このときの、キャロウェイの踊りを模した、奇妙な足さばきが素晴らしい(※8)。
そして、ココが幽霊に変身させられる2コーラス目以降、さらにすさまじいことになる。
幽霊になったことに気づいてるのかいないのか、手足をびろびろ伸ばしくねくね絡ませながら歌い踊り続けるココ。またしても、軟体趣味だ。
例の足さばきはそのままに、伸び縮みし次々メタモルフォーズする奇っ怪なダンスを繰り広げる。
骸骨が転がるビザールな背景がゆっくり流れるものの、歩いているのか踊っているのか、夢のなかにいるようなふわふわとした足取り。
この足取りだけで、ここが現実の世界じゃないことがわかる。足元が定まらない、違う重力の支配する世界だ(※9)。
足元が不確かだと、自分が何なのかがわからなくなる。キャロウェイのブルージィな歌声は、「俺はいったい誰なんだ」って嘆いているかのようだ。
もはや、哀しいのか、おかしいのか、恐ろしいのかもよくわからなくなってくる。つまりは、くらくらする。
ということで、「めまいのあそび」だ。子供の頃、ぐるぐる回転して遊ぶのが好きだった。目を回して、真っ直ぐ歩けなくて地面にぶっ倒れる。
それが楽しくて、何度もくり返していて、うっかり前歯を折ったこともある。そのくらい、好きだった。
あの感じだ。確かなはずの世界が、ぐんにゃり歪むあの感じ。ベティ作品に感じるのは、そうした「めまいのあそび」の快感だ。
狂ったパースペクティブ、ループする背景、わけのわからないギャグの連続。
ベティの世界はいつも、ぐにゃぐにゃと形を変え、リズムに合わせて揺れている。
黒々とした線で描かれた世界が、画面から溢れ出して、見ているこちら側の世界もぐにゃりと歪む。何だ、こりゃ?
いや、俺は「何だ、こりゃ?」っていう気分を味わいたいんだよ。でもって、くらくらしたいんだよ。
※1 そもそもは、ビンボーもココもフライシャー兄弟の別作品のキャラクター。
ベティは当初ビンボーの恋人役だったんだけど、徐々に独り立ちしていくことに。
でも、ビンボーが活躍していた初期のもののほうが、ストーリーなんかに頓着しないでたらめさがあって、作品としては断然面白い。
※2 「I'll Be Glad When You're Dead You Rascal You(ベティの蛮地探険)」(32)には、
サッチモの生首(実写)に追いかけられるっていう、悪夢のようなシーンがある。
※3 森卓也の『アニメーション入門』では、この作品を「ラバー・パニック型」と名付けている。
※4 筒井康隆『ベティ・ブープ伝』より。ちなみに、これに比べたら「Betty Boop's May Party」のゴム化ギャグは二番煎じで面白くない、
てなことを筒井康隆は書いている。確かに、「May Party」は、フライシャーによる自己模倣の気がないわけではない。
まあ、俺はどっちも好きなんだけど。
※5 テンポよくギャグが繰り出され、あれよあれよという間に終るってのは、ベティ作品によく見られるパターン。
またしても森卓也の言葉を引けば、フライシャーのギャグは「累積効果の妙味」にあるとのこと。
※6 ここではあまり触れられなかったけど、ベティ作品では、ベティの歌も見どころのひとつ。
またしても筒井康隆の言葉を引けば、「ベティ漫画の本質はミュージカル」だ、ということになる。
※7 「May Party」で背景にシワが寄るシーンもそうだけど、ループ・シーンのトリップ感は、背景が動き続けることにあると思う。
こ手のループが楽しめる作品として、
他に「Dizzy Red Riding Hood(ベティと狼)」(31)と「The Dancing Fool(ビン坊の踊る摩天楼)」(32)を挙げておく。
※8 マイケル・ジャクソンのムーンウォークの原形みたいな踊り。
「Minnie the Mooche(ベティの家出)」(32)では、キャブ・キャロウェイ本人が登場し、このダンスを披露している。
キャロウェイは、他にも「The Old Man of the Mountain(ベティの山男退治)」(33)に登場。こちらも、ノリノリの傑作。
※9 「Betty Boop's Ups and Downs(地球競売)」(32)には、
地球から重力がなくなってしまいベティが空中を「歩いていく」、というシーンがある。
※ ここで挙げた作品は、「原題(邦題)」(制作年)で、表記している。
邦題は、ソフトによってまちまちだったりするんだけど、わかりやすいものをテキトーに選んでます。
※ ベティ・ブープ作品は、日本ではあまりDVD化されていない。
もし買うなら、ビデオメーカーってところから出ている「Betty Boop Vol.1」「Betty Boop Vol.2」と、
TDKコアから出ている「I LOVE Cartoon ベティ★だいすき」を。
前者は初期作品を中心に収録、後者はサイレント時代のフライシャー作品「道化師ココ」シリーズも同時収録。
あとは、インターネットアーカイヴやYoutubeでもいくつか観ることができる。
※ 久々に画像を貼ってみました。問題ありそうだったら、すぐ消します。
※ いつになく、注が多め。
2007.6