半端なモノたちのユートピア
尾崎翠『第七官界彷徨』



「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家族の一員としてすごした。 そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである」
冒頭の一節。
今回のお気に入り紹介は、尾崎翠の『第七官界彷徨』(※1)です。
ということで、第七官界をちょっとさすらってみましょう。 あ、第七官界ってのは、要するに五官(目・耳・口・鼻・皮膚)以外の世界ってことね。

まず、登場人物紹介。
小野町子:我らが主人公。「人間の第七官界にひびくような詩を書きたい」って思ってる、ちょっと内気な女の子。
小野一助:町子の一番目の兄。分裂心理病院に勤めている医者。何でも、分裂心理に引きつけて考える癖がある。
小野二助:町子の二番目の兄。植物学の学生。卒業論文のために、蘚の恋愛について研究している。
佐田三五郎:町子の従兄。音楽学校を目指す予備校生。でも、コミックオペラばかり歌って、あんまり受験勉強はしていない。

どうです? 揃いもそろって、微妙にエキセントリックな人々じゃありませんか。 主人公の町子が、この二人の兄と従兄の暮らす家で住み込みで働くことになるところから、物語は始まる。
これは、少女マンガなんかの黄金パターンですね。下宿先の青年と恋に落ちる内気な女の子。 でもね、この家の青年は3人とも町子と血がつながっている(※2)。だから、実際に恋をすることにはならない。
そのかわりと言っちゃあナンですが、この3人の青年の恋について、順繰りに語られていく。 恋する者特有の、「ああでもないこうでもない」的なぐだぐだ語りが、何度もくり返される。 そして、困ったことに、彼らの恋は一つとして成就しない片思いなんだ。
やれやれ、どうにもこうにも、じれったい。

どうやら、尾崎翠の世界では、ものごとが本来通りには機能しないことになってるみたいなんです。
例えば、出てくるオブジェたちがそろいもそろって、まともに使われない。 ピアノは音程が狂ってるし、美髪料は鍋で煮詰まっちゃう。 かち栗は糸を通され首飾りに、物干しの三叉は隣家との手紙のやり取りに使われる。
一番活躍するのは、三五郎の買ってきたボヘミアンネクタイ。 もちろん活躍っていっても、ネクタイとして使われることはなく、 部屋飾りになり、頭を覆う頭巾となり、最後には座布団として縫われてしまう。
こんな風にモノたちが、ズッコケ、ずっトボケて出てくるせいで、 センチメンタルになりがちな恋の話が、妙にコミカルで乾いた感じがするんだ(※3)。
この話に出てくるモノで一番奇妙なエピソードといえば、二助の栽培している蘚。 二助は「蘚の恋愛」について研究しているんだって。熱い肥やしをかけると、蘚が喜んで恋を始めるとか。 かくして、恋する蘚の胞子と肥やしの匂いが、この物語にたちこめていく(※4)。

蘚の胞子を吸い込んだこの家の住人たちは、恋の気分に取り憑かれちゃう。
でもね、それは気分だけで、実際の恋愛にまで届かない。 肥やしっていう、言ってみれば不要なものから生まれた気分は、やっぱり役立たずなんだよね。 いつまでたっても、生身の恋は描かれず、もわもわと恋の気配だけが漂っている。
恋が実らないってのは、外の世界とつながらないってこと。 奇妙な家の中だけをふらふらさすらい、オブジェも人も、非生産的な運動をコミカルにくり返す。 うん、成就しない片想いなんて、考えてみたら滑稽じゃないか。 こうして、半端なモノたちのユートピアができあがる。せつなくも心地いい恋の気分が、永遠に続くかのような夢の世界。

「ひとつの恋をしたようである」なんて言いながら、結局、彼女の恋についてはギリギリ最後まで語られることがない。 そして、その恋も気分だけを残し、夢のようにふわっと消えてしまうんだ。

※1 ちくま文庫の『ちくま日本文学全集 尾崎翠』に収録。 ちくま文庫ではもう一冊、『尾崎翠集成(上)』(中野翠・編)にも収録されている。後者は新かなづかいに改められている。
※2 これは、ジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』を連想させる。こちらは、姉と弟の閉じた世界。
※3 尾崎翠は、チャップリンが大好きだった。 『黄金狂時代』の有名な「靴を食べるシーン」「パンでダンスを踊るシーン」なんかの、オブジェのコミカルさを思い出そう!
※4 小説で匂いが描かれることはめったにないんだけど、ここではうんこの匂い。 実際、臭さをまぎらわそうと、香水罎を鼻に当てるシーンが何度も出てくる。センチメンタルになってる場合じゃないね。

2002.11

戻る?  もっと戻る?