おなかいっぱい
『現代短歌最前線』



『現代短歌最前線』(北溟社)を読了。
上下巻で、21人×200首=4200首。凄いボリューム。読み終わるのに1ヵ月半かかった。もう、おなかいっぱい。

短歌のイメージって、まあだいたいは「万葉集」や俵万智ぐらいじゃん。 あと、最近だと枡野浩一か。でも、踏み込んでいくと短歌の世界は深い深い。
この本は、80年代後半以降の歌人を集めているんだけど、改めてそのバラエティに驚く〈※1)。 まるで、レストラン街食べ歩き。もしくは、デパ地下の試食コーナーめぐり。 口に合わないものもあれば、もっともっと食べたいなあってのもある。 デザートはおいしいんだけど、メインディッシュは腹にもたれるとか。 クセがありすぎて舌がシビれるとか。堅くて歯が立たないとか。味よりも食感がいいとか。
短歌は31文字しかないから、そこから読み手がいろいろイメージをふくらませつつ読むんだよね(※2)。 そこで、僕もよく噛んでから飲み込むようにする。

ということで、アブクラブ文芸部として、僕の好きな味の短歌をちょっと紹介してみようと思う。 っていうか、知って欲しいんだよ、こーゆーのがあるよって。 あくまで、僕のイメージで読んでるから、勝手にストーリーを作っちゃたりしてるけど。 「そうは読めないよ」って思う人がいたら、そのときは意見を聞かせてください。
膨大な数の短歌が掲載されているので、ひとまず、5人×2首。ちなみに、()内はルビですよ。

●加藤治郎
・鋭い声にすこし驚く きみが上になるとき風にもまれゆく楡
これは、セックスの歌ですね。「きみが上になるとき」ってのは、どういう状態かわかるでしょ。 そんなとき、女の子があげた声にフッと意識が冴える。一字空きがそのときの間。で、意識がふわっと窓の外へいくんだ。 外では楡の木が風に「もまれて」たわんでる。そのイメージが、上体を反らす女の子と重なる。 写真の二重焼きみたい。一瞬を、みずみずしくて鮮やかなイメージで灼き付ける。
・たぶんゆめのレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草(いらくさ)を抱く
これは難しい歌だなあ。「ゆめのレプリカ」って何だ? そこから想像してみよう。 まず、夢に触れたくてしょうがないって気持ちがある。切実な気持ち。 でも、夢って形のないものでしょ。触れることができない。だから、夢に触れるかわりに「ゆめのレプリカ」を抱くんだ。 しかも、それは「水滴のいっぱいついた刺草」の形をしているんだ。その感触はひんやり、ちくちく。 泣きたいような不思議な刺激。レプリカだけど、せめてこの感触だけでも覚えていよう。それほど切実な夢だったんだ。
<オマケの一首>
・ぼくんちに言語警察がやってくるポンポンダリアって言ったばかりに

●東直子
・よい人とよい街にゆきよい花を育ててしんしん泣いたりしてね
未来のことを語ってるのかな? 別に、特別なことを望んでいるわけじゃない。静かで平穏な幸せを望んでいるんだ。 でも、それはぼんやりとしていて、将来の夢というにはちょっと曖昧。 そのぼんやりとした感触から、「おそらくかなわない夢」なんじゃないかなっていう気がする。 しかも、幸せなはずなのに、「しんしん泣」く。これ、つらい涙じゃないね。 ああこの幸せもいつか終わるのかなあって思ったときに、静かに流れる涙。 あたたかな夢から覚めたときの、切なさみたいなものを感じる。
・好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ
すごい情景。「私」は、岸から去ってゆくカヌーを見てるわけだね。 ってことは、カヌーに積まれた「好きだった世界」の中に、「私」は含まれてない。 うーん、これは、永遠のさよならじゃないか。 「燃える湖」はたぶん夕焼けだろうけど、どこか世界の終わりを感じさせる。 このさよならで、一つの世界が終わろうとしているんだ。そして、「あなた」はもうすぐ夜の闇に見えなくなる。
<オマケの一首>
・「ハ・ル」という唇のまま時を止めふたりは赤きぼんぼりのなか

●穂村弘
・終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて
もう、他の乗客はいないんだろうな。バスの中にはふたりだけ。僕は、逃避行なんてものを想像させる。 紫の光に「取り囲まれ」た光景は、この世から切り離されてるように見える。 <降りますランプ>たちに囲まれた、ふたりっきりの小宇宙。 ランプたちは、紫の目で見守っているに違いない。意地悪な人はもうここにはいないから、ゆっくりお眠りって。 終点までの、つかの間の安らぎ。
・バットマン交通事故死同乗者ロビン永久記憶喪失
バットマンとロビン、ふたつの名前の間に挟まれた素っ気ない報告書風の漢字。 それが、ふたりをあの世とこの世に引き裂いているように見える。 カタカナの名前は記号みたいで、あっさり消えてしまいそう。これも、永遠のさよならの歌だね。 コミックヒーローが残酷な運命に遭うって設定は、「マンガのようにはいかないんだよ」っていう苦い切なさがある。 バットマンなんていなかったんだ。永遠に助けは来ない。 バットマンを忘れてしまうロビンは、そうやって現実を知っちゃった僕らの姿に似ている。
<オマケの一首>
・「凍る、燃える、凍る、燃える」と占いの花びら毟る宇宙飛行士

●水原紫苑
・いにしへは鳥なりし空 胸あをく昼月つひに孵(かへ)らぬを抱く
文語調の歌。「昔は鳥だった空が胸を青くして孵ることのない昼の月を抱いている」ってことか。 なんて壮大な生まれ変わりのイメージ。空はかつて鳥だったことを、もう覚えていないだろう。 でも、深いところにその記憶は残っていて、つい昼の月を卵だと思って胸に抱いちゃうんだ。 哀しい行為だと思う。永遠に孵らない卵を温め続けるんだから。 それも、太陽じゃなくて、うっかりすると見えなくなりそうな白々とした昼の月。
・木馬にてながく旅せし恋人をあたためゐたりその木馬焚き
恋人が旅から帰ってきた。彼をあたためてあげようと、彼の乗っていた木馬を火にくべる。これは、ジェラシーの歌。 「ながく旅せし」の長さが、彼女は気に入らない。自分のいない長い時間、恋人と一緒にいたものの存在が許せない。 だから、彼へのやさしさを示すのに、大切なものを奪わずにはいられないんだ。 「私のほうがやさしくできる」っていう呪いみたいな力を感じる。淡々とした口調だけに、怖いなあ。 嫉妬の激しさで火をおこす。
<オマケの一首>
・象来たる夜半(よは)とおもへや白萩の垂るるいづこも牙のにほひす

●渡辺松男
・木は開き木のなかの蝶見するなりつぎつぎと木がひらく木の胸
これは、不思議な歌だね。木が次々と胸を開いてその中の蝶を見せるんだって。 蝶々がふるふると羽根をふるわすとき、むせかえるような鱗粉が舞う。 木の胸にいる蝶ってのは、もちろん木の大切な部分。 それを次々と開いて見せるってことは、木たちがいっせいに誘惑してるってことだね。 声に出して読むと「き(ぎ)」の音が何度も繰り返されて、たくさんの木が切れ間なしに迫ってくる感じがする。 春の植物って、暴力的な生命力があるでしょ。エロティックな生命力って言ってもいい。そんなものを想像させる。
・法師蝉づくづくと気が遠くなり いやだわ 天の深みへ落ちる
炎天下に頭がくらっとする感じ。上下、内外が反転するような…。蝉の声がしてるのは、脳の中? それとも外?  法師蝉って「つくつくぼうし」でしょ。それが「づくづく」っていう頭痛のイメージと重なる。 自分を外から見ているような浮遊した視点の中で、真ん中の「いやだわ」が心の声としてインサートされる。 意識を手放す瞬間の頼りない気分が、ふっと女言葉として口をついて出る。
<オマケの一首>
・うつし世は耳鳴りなりとジャンプせり父・我・阿修羅みなジャンプせり

ということで、ひとまず10首読んでみました。 どうでしょう? 面白くない? こういう言葉の世界に、僕はやられちゃってるわけ。
好きな歌を選ぶと、どうしても偏っちゃう。写実的な歌って選んでないなあとか。 でも、他にもいっぱい、面白い歌があるんだよ。なんせ、4200首だから。
これを読んだ人が、短歌に興味を持ってくれるとうれしいな。そしたら僕と語り合いましょう。 いろんな歌をつまみながら…。

※1 取り上げられてる歌人は、上巻:梅内美華子/江戸雪/太田美和/大塚寅彦/大辻隆弘/荻原裕幸/加藤治郎/ 川野里子/小島ゆかり/坂井修一、下巻:辰巳泰子/谷岡亜紀/千葉聡/林清和/東直子/穂村弘/前田康子/水原紫苑/ 吉川宏志/米川千嘉子/渡辺松男。
※2 枡野浩一は、一読してわかる短歌「かんたん短歌」を目指してる。だから、言葉がくっきりしてる。 でも、ここで紹介するのは、それとはまた違った「読む」楽しさ。


2002.2

戻る?  もっと戻る?