猥雑さを愛せよ
ジョン・ウォーターズ『I love ペッカー』



どうにも冴えないなあって気分のとき、観たくなる映画がある。ジョン・ウォーターズ監督が90年代に撮った3本の映画は、どれもそんな気分にぴったり。 月並みな言い方になっちゃうけど、「元気が出る映画」なんだよ。
ジョニー・デップ主演の『クライ・ベイビー』は、ロックンロールでノリノリの不良映画。 キャサリン・ターナー主演の『シリアル・ママ』は、キツーいブラックユーモアが冴えるコメディ(※1)。 そして、『I love ペッカー』は、自伝的な要素を盛り込んだハッピーな青春映画。
ジョン・ウォーターズといえば、変態映画の監督っていうイメージだけど、 『I love ペッカー』はかわいくて可笑しくて、おまけに感動までさせられちゃう(※2)。 ジョン・ウォーターズで、感動? そんなことが、あるなんて!

舞台はウォーターズの故郷ボルチモア。ご近所さんは顔見知り、といったくらいの田舎町だ。 そこで暮らす青年ペッカーは、ママからもらった中古のカメラに夢中。 どこへ行くにもカメラを肌身離さず、目につくものなら何でも写真に撮りまくる。 家族、恋人、友人の万引きの瞬間、ホームレスのカップル、壁の落書き、ヘアまる出しのストリップ、ゲイバーのショー、ネズミの交尾などなど、 ありとあらゆるものを、気軽にパシャパシャ(※3)。 そして、たまたまこれらの写真を見た美術ディーラーが、ペッカーに目をつけ、ニューヨークで個展を開くことになる。 カメラ小僧、ニューヨークへ。そして、展覧会は大好評。ペッカーは一躍有名人になってしまう。 しかし、被写体になった人々にはそのせいで様々なトラブルが降りかかり、 ペッカーは、ボルチモアに戻っても今までのように気ままに写真を撮れなくなってしまう…。
主人公ペッカーを演じるのは、甲高い声がチャーミングなエドワード・ファーロング。 とことんお気楽で陽性な田舎町のお兄ちゃんを、いきいきと演じている。 その恋人を演じるのが、おっぱいちゃんクリスティーナ・リッチ。 芸術とか気取っちゃって何なのよプンってな雰囲気で、眉間にシワを寄せた不機嫌な女の子。 このベビー・フェイス二人のキュートさが、作品に弾むような若々しさを与えている。
で、ペッカーの家族が、また、ちょっと変わってる。 妹は砂糖中毒で、姉はゲイバーで働くことが生きがい、おばあちゃんは敬虔なクリスチャン。 このおばあちゃんがいいんだよ。「マリア様が喋ったのよ」って言って、マリア像と腹話術で対話したりする。 要するにちょっとイっちゃってるわけなんだけど、それを見て「すごいや!」って答えるペッカーがステキだ。 「そんなわけないじゃん。おばあちゃんが喋ってるんでしょ」なんて無粋なことは言わないの。
彼は、ちょっぴりヘンテコなこの家族のことが大好きなんだよね。 家族だけじゃない。ホームレスも万引き常習者の友人もレズもゲイも、ボルチモアに暮らすみんなのことが、ペッカーは大好きなんだと思う。 ペッカーがカメラを通して発見していったのは、それだ。この街の一人一人を、愛しく思うこと。日々の暮らし、その瞬間瞬間を愛しく思うこと。
ニューヨークの人々はペッカーの写真を、「社会からはみ出した人々の美しさ」とか、「現代の病巣を鋭く写し出した」というような、 気取った批評語で語る。ある種のフリークショーのように受け取っているみたいだ。でも、そーゆーことじゃあないんだよ。 だって、ペッカーは彼らをフリークだとは思ってないからね。 そして、この批評家たちは、のちにペッカーの被写体になることで、自分たちがボルチモアの人々と何ら変わらないことを思い知らされることになる。
批評家の言葉であれよあれよと祭り上げられるペッカー。そのバカバカしさ、アート界のうさん臭さを笑い飛ばしながらも、 この映画は、「芸術なんてまやかしだ」というような皮肉な結論には落ち着かない。そんなネガティブさとは対極の、オプティミズムに溢れている。
コインランドリーで働く恋人にペッカーは言う。「芸術は物事の本質を見る事さ」、「汚れた洗濯物だって、芸術だ」。 草のシミの鮮やかな緑、オシッコの黄ばみ、アクアブルーの水に、血痕や白カビの赤と白(※4)。ペッカーは、汚れ物もそうじゃないものも区別しない。 ありとあらゆるものにカメラを向けるってのは、そういうことだ。 すべてが芸術だ! 批評家の言葉なんかどうだっていいじゃんか。それよりも、身の周りを見まわしてごらん。ほら、ほら、すべてが芸術だよ。

ラストは、ボルチモアで開催されたペッカーの個展。地元の人々からニューヨーク御一行様までが訪れ大盛況。 ここで批評家たちがこてんぱんにやられるのかと思いきや、いつしか彼らもすっかりボルチモアの人々に溶け込んでしまい、 にぎやかなパーティが繰り広げられる。なんて、ハッピーなんだ! この結末は、何度見ても頬がゆるむ。ニコニコしちゃう。
そうか、そうだったのかと気づく。ジョン・ウォーターズがこれまで描いてきたフリーキーな変態映画の数々が、愛の産物だったんだ。 特別な人たちの映画じゃなくて、僕らの隣人たちの映画だったわけ。 自伝的ってのは、このあたりにあるんだと思う。きれいなものと汚いものを区別しないペッカーは、ジョン・ウォーターズの分身だ。 変態だってキチガイだって貧乏人だってみんなみんな愛おしい。オシッコの黄ばみも、ネズミの交尾も、いんちき腹話術も、みんなみんな愛おしい。
ウォーターズが言いたいのは、たぶんこういうことだ。
猥雑さを愛せよ。汝の隣人たちの猥雑さを愛せよ。悪趣味を、多様さを、デタラメさを、しょーもなさを愛せよ。
それが、あのラストのごちゃごちゃしたバカ騒ぎのハッピーさにつながっている。
猥雑さを愛せよ。汝の隣人たちの猥雑さを愛せよ。
ほらね、元気が出るでしょ。


※1 『クライ・ベイビー』は、先日DVD化されたけど、『シリアル・ママ』は未だDVD 化されていない。小沢健二の歌詞にも登場する傑作だってのに…。
※2 ウォーターズの名を一躍有名にしたのが、ディヴァインが女装をして犬のうんこを食べる『ピンク・フラミンゴ』。
※3 タイトルクレジットで、ネズミの交尾のシーンにジョン・ウォーターズの名前がかぶせられる。 こういうちょっとした悪趣味な笑いが、ウォーターズらしい。。
※4 このシーンは、キラキラと星が飛ぶような、チープな視覚効果が使われている。 例えば、「オシッコの黄ばみ」ってセリフが出てくると、黄色い星屑が飛ぶわけ。悪趣味だけどキュート。


2007.5

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