僕ら半分 夢の中
フィッシュマンズ『LONG SEASON』



静けさの中の音に耳を澄ます。
ポチョンンンン。水滴のエコー。水面にピアノの波紋が広がっていく。ヒュルル。かすかに風が吹いてくる。 さざ波が立つ。雨になりそうな気配。
そして、ゆるやかなベースに導かれ、ゆっくりと彼が歌い出す。
♪夕暮れ時を二人で走ってゆく 風を呼んで 君を呼んで
 東京の街のスミからスミまで 僕ら半分 夢の中
この第一声で、世界は動き始める。風景がふわっと変わる。
木々を風が渡っていく。人々が、自転車が、車が通りすぎてゆく。バイオリンやアコーディオンが運ぶ風。 雲が流れていく。あ、雨? パラパラと降りだした雨も、あっという間に土砂降りに。上空で荒れ狂うギター。 誰かの咆哮。たくさんの音、たくさんの声。
ドロドロドロドロ。遠雷が近づいてくる。ドラムソロが響きわたり、窓を打つ嵐。
そして、ようやく雨があがり、軒先にしずくが。雲が切れ、光が射す。 空から降ってくるようなコーラスと、誰かを呼んでるような口笛…。

そんな風にして、フィッシュマンズの「LONG SEASON」を聴いている(※1)。
何度この曲を聴いたことだろう。聴くたびに発見がある。 いや、そんな分析的に聴いているわけじゃなくって、曲に包み込まれているうちに終わっちゃうんだけど…。 聴いているっていうより、体験しているって感じ。
例えば、CDウォークマンで聴きながら街を歩く(※2)。 そうすると、僕の知っているいつもの街ではなくて、別の街を歩いているみたいな気がする。
危ない人みたい? イッちゃってる? 違いますよ。曲の世界に入ってるけど、それで周りが見えなくなっちゃうっわけじゃない。 「LONG SEASON」ってアブクの中にいて、それを通して街を見ているって感じかな。
「僕ら半分夢の中」。そ、半分なんだよね(※3)。

「LONG SEASON」は、97年秋、フィッシュマンズが出した約37分のワントラックアルバム。 初めて聴いたときは、驚愕しました。これは何だろうと。
37分の構成はこんな感じ。A→A’→B→C→A”。 Aとそのバリエーションがあって、ドラムソロのBをはさんで、展開Cへ、そしてまたAのバリエーションへ還ってくる。 その一つ一つのパートに、静けさと激しさがあり、同じフレーズが形を変えてくり返される。押しよせては引いてゆく音の波。
世界をまるごとつかまえたような音・音・音。すべてが入ってる。 なんか、葉っぱの色とか、電車が通りすぎたあとの静けさとか、窓ガラスに反射する光とか、タバコの煙とか、汗が乾いていく感じとか、 そういうものが、ぜんぶ入ってる(※4)。一見退屈に見える世界だけど、なんてざわめきに満ちているんだ。
静けさの中に耳をすますと、そこにはたくさんの音がある。 たくさんの音、たくさんの光、たくさんの風、それらがくるくると姿を変えて様々な表情を見せる。

最後のパートがやってくる。今度は少しそっと、彼が歌い出す。
♪夕暮れ時を二人で走ってゆく
また還ってくる。ここへ、還ってくる。半分夢の中に還ってくる。
音楽だったらどこかへ連れて行ってくれないと。でも、僕は日常を愛したいんだ。 ぶっとんだ非日常じゃなくって、日常のちいさなざわめきに耳をすましたいんだ。 フィッシュマンズを聴くようになってから、そう思うようになった。
「半分夢の中」ってフレーズは、とてもフィッシュマンズだなあと思う。中途半端なリアリティしかないっていう、リアリティ。 そんな半分夢の中で、ぼんやりとした哀しさや歓びを抱えながら、日々を暮らしていく。
日常を忘れさせてくれる音楽じゃなくて、日々に還ってくるための音楽。姿を変えながら、またここに還ってくる。 季節がめぐるように。水が旅するように。連れて行かれて、それでも戻ってきて日々を暮していく。それだけでいいじゃないかと思う。 世界はざわめきに満ちているんだから。
Get Round in the Season! 僕はまた、音楽に生かされている。

※1 僕は、この曲って水分が多い印象がある。最初の水滴の音が、そう連想させるのかもしれないけど。 だから、雨の日には『LONG SEASON』なんだよね。
※2 最近はもっぱら、『男達の別れ』(ライブアルバム)バージョン。これはすごいよ。 最後に佐藤伸治が♪シーズン…って言うところは、何度聴いても鳥肌が立つ。
※3 佐藤伸治がRCサクセションのファンだったのは有名な話。 RCを好きな人なら知ってると思うけど、「僕半分夢の中」ってフレーズが、RCの「甲州街道はもう秋なのさ」(名曲!)っていう曲に出てくる。
※4 ちなみにこの『LONG SEASON』の前に、「SEASON」ってシングルを出している。これは、同じ曲なんだけど、別物。 『LONG〜』が、日々のすべてが入ってる曲ならば、「SEASON」のほうは、季節を切り取った曲。 ここで歌われていた♪もうすぐ秋だね〜 っていうフレーズが、『LONG〜』から消えているのは、そーゆーわけだと思う。

2002.7

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