趣味人としての伯父さん
沼田元氣『ぼくの伯父さんの東京案内』



僕の憧れる大人像ってのがあって、それはズバリ「伯父さん」。僕は、「伯父さん」になりたい。 今、31歳。年齢的にはおっさんの域に入っているが、ここで言うのは甥っ子や姪っ子から見た「伯父さん」のこと。
じゃあ、甥・姪から見た伯父さんってのは、どんな人だ?
まず、両親とは違う、変なスタンスを持った人だよね。独身で、何の仕事をしているのかよくわからない。 たまにふらっと現れては、ウソかホントよくわからないことを喋って、奇妙なお土産をくれたりする人。 親は教えてくれないようなちょっとハズれたことを、こそっと教えてくれたりする人。
いいなあ。憧れるなあ。
実際、僕にも姪っ子がいるんだけど、ただそれだけじゃ、僕の理想とする「伯父さん」にはなれない。 それだけじゃただの大人、っていうかおっさん。例えば、『ぼくの伯父さん』って映画のユロ氏みたいに、 社会的価値観じゃなく自分の価値観で生きているのが「伯父さん」だ(※1)。

でね、沼田元氣の写真と文章の本、『ぼくの伯父さんの東京案内』なんかは、 そんな「伯父さん」になるための格好のテキストだ(※2)。 表紙にあるキャッチコピーが、すべてを言い尽くしている。
「だれにも迷惑をかけずわがままに生きるには」
そうそう、そうなんだよ。「わがまま」ってのは、自分の価値観を社会的価値観から守るパワーだ。 世の中から見たら取るに足らないこと、奇矯に見えること、子供じみてることでも、 自分の好きなことだったらちゃんと愛してあげるパワー。
でも、自分のせいで好きな「こと」まで否定されちゃったら、つらいでしょ。 だから、そのためにも、誰にも迷惑をかけたくないんだ。 つまらないことに夢中になっているように見えるかも知れないけど、 胸には「誰にも迷惑をかけてない」っていう誇りを抱いている。 そんなら、文句はねえだろって。

この本には、愛らしいささやかなものや景色の写真とともに、わがままに生きるためのアイディアがいっぱい詰まってる。 「伯父さん」がどんな風にものごとを、人生を愛しているかが詰まっている。
中でも、僕がやってみたいなって思ったのが、「東京でホテル(旅館)に泊まる」。
伯父さんはこんな風にするんだって。朝、いつものように家を出て古レコード屋や古本屋をぶらぶら。 で、そこで買ったお土産をかかえて、夕方、家に帰れる時間なのに、わざわざ宿にチェックイン。 ひとしきり、戦利品を眺め悦に入る。 そのあと、早めに夕食と風呂を済ませて、お気に入りの本とレコードを抱え、散歩に出る。 近所の喫茶店に入り、そのレコードをかけてもらいながら、本を読む。うーん、至福のひととき。 宿に戻ると、もう布団が敷いてある。そして、のんびりとしているうちに、眠りに落ちる…。
楽しそうでしょ。日常にいながら、日常じゃない。ちょっぴりの旅気分を東京で味わえる。 ラブホみたいに誰かと目的を持って行くんじゃなくて、ただひとりの時間を味わうために行く(※3)。

伯父さんは他にも、いろんなものを愛している。バスの始発点から終点までの旅、ひと山いくらのクズ切手、 雨の日の人気のない遊園地、ポータブルプレーヤーによる公園でのレコード鑑賞、中央線の喫茶店巡り…。
いわゆる「趣味人」(※4)。
「趣味人」っていうと、好きなことばっかりやって気楽だねって思うかもね。 でも、「だれにも迷惑をかけずわがままに生きる」のはとっても難しいことなんだ。 だって、自分で楽しみを見つけるための、創意工夫とエネルギーがいる上に、 誰にも迷惑をかけないっていうエチケットも必要なんだから。
もちろん、「難しい」って思う以上に、楽しいからやっているんだけどさ。こう言ったほうがいいかな。 「強力な楽しむ力がないと、やってらんないよ」と。気楽だけじゃなれないのが、「趣味人」だと。
憧れの伯父さんへの道はまだしばらくかかりそうだな。

※1 『ぼくの伯父さん』は、ジャック・タチ監督・主演。 フーテンの寅さんもそういう伯父さんではあるけど、『男はつらいよ』って言っちゃうペーソスは、あんまり好きじゃない。 ユロ氏に比べると、孤独が足りない気がする。
※2 この本のタイトルからもわかるように、もちろんジャック・タチへのオマージュ。自称、「ヌマ伯父さん」。
※3 お茶の水の「山の上ホテル」なんてどうだろう? あと東京駅のステーションホテルってのも、よさげ。 そのうち、やってみよっと。
※4 こういう趣味人っていえば、植草甚一なんて人もいた。「映画と音楽と散歩が好き」だっけ? 僕も!


2002.1

戻る?  もっと戻る?