アワアワー、お気に入り紹介の一発目。
ってことで、フランスの作家、ボリス・ヴィアンの傑作小説『うたかたの日々』。
「うたかた」、漢字で書くと「泡沫」ですね(※1)。
まず、「はじめに」っていう文章に、こんな有名な一文がある。
「何もわざわざことばにしなくても、黙ってそれに従ってればいい、二つのことがあるだけだ。
それは、きれいな女の子との恋愛だ。それとニュー・オルリンズかデューク・エリントンの音楽だ。
その他のものはみんな消えちまえばいい。なぜって、その他のものはみんな醜いからだ」
言うねえ、いきなり。この強烈な世界嫌悪。
「○○と○○、それ以外は消えちゃえばいい。だって醜いから」
これは、いくらでも応用が利くフレーズだよね。
この○○に自分の好きなもの、大切なものを当てはめてみればいい。とたんに自分のためのフレーズになるから(※2) 。
10代の頃なんて、特にこんな気分になるでしょ。女の子と音楽以外は、世界なんて醜いものばっかりだ!
何で世界が醜く思えるのか?
それは、僕の好きなものを認めてくれないからだ。ボリス・ヴィアンに倣って言えば、 恋や音楽の快楽を受け入れない世界ってことになる。
快楽を認めない世界は、とっても野暮で不寛容。冗談を認めない世界だよ。
「好きなことだけやってたら、生きていけないよ、もっと真面目に働きなさい」とかとか。
そんな世の中に舌を出すように、この『うたかたの日々』は、冗談や言葉遊びやシュールなイメージで埋め尽くされている。
本の外の世界より、こっちのほうがずっとステキだ。一生、好きなことだけして暮らしたいんだ。
小説の前半は恋のウキウキ気分を祝福するように、キラキラしたイメージが頻出する。
主人公のコランは遊んで暮らし、ステキな恋人クロエと知り合う出会う。
水道管をウナギが泳ぎまわり、雲が恋人たちを包み込む。
それが、なんとも当たり前のように描かれているからうれしくなる(※3)。
初々しいカップルが人目を避けるためには、雲だって協力するに決まってる!
何て、軽い軽いあぶくのような浮ついた日々。
でも、それも長くは続かない。パチンとはじけてしまう。
クロエが胸に蓮が咲くという奇病にかかってしまうんだ。
コランは彼女を看病し、治療費をかせぐために働かなければならなくなる。
彼女の衰弱とともに、アパートの部屋もどんどん薄暗くなり縮んでいく。
実際植物がしなびていくかのように、部屋が縮んでいくんだ。
つらいね。いつから、こんな風になっちゃったんだろ。結局、世界に負けちゃうのか?
運命ってのは、平気で残酷な冗談を吐く。
レーモン・クノーって作家はこの小説を、「最も悲痛な恋愛小説」って言ったとか。
軽やかな冗談で世界を埋め尽くしてもなお、「恋と音楽」以外の世界に負けちゃうってのが、つらいね。軽やかにやってただけにつらいね。
39歳でこの世を去ったボリス・ヴィアンは、心臓病だったそうだ。
若い頃から自分の心臓が長くもたないことを知っていた。だから、世界の残酷さについては、人一倍自覚していたはずだ。
にもかかわらず、軽やかに冗談をとばして、果敢に「好きなものだけ」選び、「好きなことだけ」やろうとしてた。
でも、本当にすごいのは、この『うたかたの日々』以降の小説でも、そんな風にして世界に負けちゃう様子を何度も描いてきたこと。
冗談のあぶくの中に、深い諦めがある。
実際、「恋と音楽」以外の世界は巨大で、ちょっとやそっとじゃびくともしない。
「一生遊んで暮らしたい」なんて、甘ったれたことを言ってるんじゃないよ。「軽さ」は世界を変えることができない。
んなことは、とっくに知ってるよ。でもさ、せめて文句の一つでも言ってやりたいじゃないか。
負けても負けても、冗談をとばしてやりたいじゃないか。
ああ、まったくだ。どうせ、あぶくのような人生なんだから。
※1『日々の泡』ってタイトルで新潮文庫からも出ています。訳は曾根元吉。
※2ブランキー・ジェット・シティは、例えばこんな風に歌ってた。
♪太陽とか 冒険とか クリスマスとか 黒いブーツが/子供の時から ただ単純に ただ単純に 好きなだけさ 好きなだけさ
※3小沢健二の「ドアをノックするのは誰だ?」を聴くと、この小説を思い出してしまうのは、僕だけかな?
特にスケートリンクで爆音でヒット曲がかかり、アムールが爆発するなんて、この小説のスケートのシーンみたいじゃないか。
2001.11