平成9年3月22日、子どもに関係する各職種が互いに知識・技術の向上を図り、子どもの健やかな成長と親への適切な支援を行うネットワークづくりをめざして、<京都府子どもの虐待防止研究会>が結成されました。結成当日には、京都府立医科大学図書館大ホールで総会が開かれ、その中で記念講演を行いました。
記念講演は次のような三部構成を取りました。以下に、それぞれの概要(要旨のみです)を報告したいと思います。
第1部 講 演 「虐待の実態 〜臨床の現場から〜」
澤田 淳氏(京都府立医科大学教授)
第2部 講 演 「虐待によるトラウマとそのケア」
西澤 哲氏(日本社会事業大学助教授)
第3部 フォーラム「子どもたちのために、私たちは今何を始めるべきか」
澤田 淳・西澤 哲両氏
@ 第1部 講 演 「虐待の実態 〜臨床の立場から〜」
虐待ってどんなことだろうか? それは、親あるいは保護者によって意識的に加えられた虐待行為の結果、子どもの生命の危機となるような身体的・精神的障害を受けることである。
外からは見えないところに虐待を加えることが多い。1番多いのはおちんちんの回りである。そのほかには、指の間や足の裏を煙草の火で焼くことを繰り返し行うというのもある(スライドにて症例紹介)。
発達が遅いということで府立病院小児科に受診された1歳4カ月の子どもで、検査の結果硬膜下血腫が発見され、その治療をして帰したケースがあった。その子が2歳をすぎて再度受診し、その時には内出血の跡なとが見られ、虐待を受けていることが明らになったケースがあった。本例を振り返ると、「1歳4カ月の時点で気付いていたらもっと早く何らかの対応ができたのではないか」ということと、「今の地域の現状ではフォローしきれるのだろうか」いう二つの思いが強く残った。
虐待をするのは、父も母も5分5分であり、虐待を受ける年齢に特に偏りはなく、どの年代にも見られる。
A 第2部 講 演 「虐待によるトラウマとそのケア」
外部からの何らかの事柄で心が受けた傷のことを、「トラウマ(心的外傷)」と呼ぶ。トラウマは次の二種類に分類することが出来る。ひとつは単純性のもので、1回限りのトラウマ体験によるものである。震災・事故・レイプなどによるもので、性格面に影響する。もうひとつは複雑性のもので、虐待などの反復的なトラウマ刺激によるもので、人格や自我形成面にも影響する。
トラウマは、過ぎ去った過去のことではない。トラウマとは、「今も生きている過去(living past)」である。そして子どもは、自分でトラウマを癒すことはできない。
虐待によるトラウマの心理的影響には、次のようなことが考えられる。まず「認知的枠組みへの影響」について。エリクソンが「基本的信頼感」ということで言っているように、人間は乳児期の間に、「自分は安心できる」「周りは自分を必要としている安心できる環境である」という感覚をおぼろげながら身につける。しかし虐待を受けた子は、「自分は必要とされている人間である」という認知がなされない。だから何かあると、「自分が悪いから、駄目だから、だからいい子になろう」と努力する。それが悪循環の始まりになる。
次に「自己能力ヘの影響」について。トラウマを受けたことが、感情の過抑圧、あるいは感情の爆発的表現(パニック、ヒステリー)につながる。一般的に感情のコントロールは、小さいうちは親から提供される。例えば、気持ちが悪いことに対しては、周囲の大人が子どもに同調して、子どもの感情をコントロールする。確立された大人の自我をかりてコントロールしていくのである。虐待を受けた場合は、このような大人とのプロセスが確立されないので、感情のコントロールが難しくなる。虐待をされればされるほど、逆に子どもはその親にしがみつかなければならなくなる。孤独にならずに1人でいることができない。
「自我の力への影響」や「基本的な心理的欲求への影響」についても考えていかなければならない。内省力は自我に属し、自分を見る力であるが、虐待を受けた場合に、自己の感情や欲求などは本人さえ分からない程に心の奥にしまわれている事がある。また、自分を尊重できなければ、他者もまた尊重できず、つまり相手を理解することはできない。
「虐持によるトラウマの対人関係への影響」について。虐待的な人間関係の再現性ということがある。虐待を受けてきた(育ってきた)子どもが、逆に大人のその部分を引き出してしまう。虐待を受けてきた子どもは、大人の神経を逆撫ですることをいったり、したりする。かかわる側は、一生懸命やればやろうとする程、この<再現性>に引っ掛かってしまうのである。このメカニズムは、ボーダーラインパーソナリティーディスオーダー(境界型人格障害)の人とよく似た状況である。
虐待は、その人の一生に影響していく。そして、トラウマは、それが癒えていない限り、トラウマからの心理的影響を繰り返す。例えば、アメリカで売春婦している女の子の聴き取り調査をした結果、その50%が、16歳以前に性的虐待を受けていたことがあったという。
暴力的人間関係につかまってしまう女性も、そのライフストーリーを見ると、やはり50%ほどが過去に身体的虐待を受けたことがあったという。レイプを受けた女性は、レイプを受けていない人と比べて、再度被害を受ける確率は3〜4倍だという。これらは先程述べた<再現性>ということにあたる。
虐待によるトラウマを受けた子どものケアには、<修正的アプローチ>と、<回復的アプローチ>のふたつがある。<修正的アプローチ>は、施設・里親などの利用によって環境を変えていく方法である。<回復的アプローチ>は、トラウマになった場面を再現する方法で、それを行っていく際には3つステップがあり、@再現・再体験、A自分の心の中にある感情を開放する、B再統合を行うことの3つである(3つのRと呼ぶ)。これは虐待への対応ではなく、虐待を癒す治療である。2つのアプローチを併せて行うことで、ケアできていくのだが、現在の日本にはこれらを行うところはない。
B 第3部 フォーラム「子どもたちのために、私たちは今何を始めるべきか」
フォーラムでは、講師の両氏に登場願い、フロアーとの質疑応答及びディスカッションを行った。以下にそのやりとりの概要を報告する。
Q2 現在、警察に通報のあったものについては児童相談所に報告がされていますが、現在の法では不十分であり、今回の児童福祉法の改正ではこの点は触れられていませんが、今後、児童相談所として通報があれば家庭訪問しフォローしていくという体制も作っていきたいと考えています。
A2 アメリカでは、診察の際などに虐待に気づいたら報告する義務が法として整備されています。報告しなかった場合、虐待が進んだことにより子供に障害(最悪の場合死)が起こった場合、医師免許の剥奪など罰則がある。(西澤)
病院に紹介してこられる方は、保母さん幼稚園の先生が多い。体を裸にすることができるから。裸にした時は、表裏ひっくり返してみてほしい。3か所以上内出血斑があれば「少し出血しやすい方かもしれませんね。一度受診してみては」と声を掛けていただいたらよいでしょう。(澤田)
Q3 母子家庭の子どもで、母親が夜の11時12時に4歳の子どもを飲みに連れて歩くんです。体に傷はついていないようですが、心は随分傷ついていると思うんです。これは、虐待とは言えないんでしょうか? 母親には、「そんなことしたらあかんやろ」と話し、母親もその時には「そうやね」というのですが、その後も連れ歩いているようです。
A3 虐待は程度の問題ではありません。虐待という翻訳があまりよくないかもしれません。child abuse といって、直訳すると、「子どもの乱用」です。子どもとの関係を自分のために利用するんです。アルコール中毒や薬物乱用と同じことです。
母の視点で、母の子どもへの間違ったかかわりに気付いていけるように、サポートしていく必要があります。
これは指導ではありません。指導は上下関係でものをいいますが、サポートは横か下から支えることです(西澤)
Q4 最近、親に棄てられて1人で生活している17歳の子どもさんがいます。どうしたもんかと思っていましたが、お話を聞いて1人でいられるということはかえって良い状態なのかなとも思いました。
A4 養護施設の入所者、中・高生増えてきています。それくらいに家庭が崩壊してしまっている。その子どもさんについて、自己決定を尊重しながら、「あなたにとって良い環境を考えているのよ」ということも伝えつつ関わっていったらどうでしょうか。(西澤)
フロアー: 北里病院では、「被虐待児症候群」と診断し、児童相談所が対応しているようです。
A4 ネットワークについて、自分達が今まで思っていた概念を疑ってみる必要があります。そして自分の守備範囲を広げていくことで、ネットワークが意味を成すと考えます。例えば、大阪の児相で相談員をしている人なんかは、警察から報告があると、その紙切れ1枚でどんどん介入しています。(西澤)
Q5 被虐待児症候群という診断名をつけるのは…臨床的な立場ではいかがでしょうか。(司会者から)
A5 難しいですね。診断つけてうまくいったらいいけれども…。診断つけた場面でお母さんに伝えるのも、「虐待してるでしょ」なんて言うとお母きんはたちまち怒って、もう二度と外来に来ないかもしれない。ドクター・ショッピングにつながる可能性もあって。やはり、フォローの体制にもよりますし、これから取り組んでいかなければいけない課題だと思っています。(澤田)
【編集責任:柴田長生】