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太宰治作品のコトバ

 2001 ……


 

2002年2月27日(水) [作品]斜陽 [初出]『新潮』昭22年7〜10月号

    

   

ローザはマルキシズムに、悲しくひたむきの恋をしてゐる。

    

   

 

2002年2月20日(水) [作品]女類 [初出]『八雲』昭23年4月号

    

   

二、三寸、背丈が高いか低いかに依つても、それだけ、人生観、世界観が違つて来るのだ。

    

   

 

2002年2月13日(水) [作品]津軽 [初出]小山書店刊・昭19年11月

    

   

大人とは、裏切られた青年の姿である。

    

   

 

2002年2月6日(水) [作品]父 [初出]『人間』昭22年4月号

    

   

私のこれまでの四十年ちかい生涯に於いて、幸福の予感は、たいていはづれるのが仕来りになつてゐるけれども、不吉の予感はことごとく当つた。

    

   

 

2002年1月30日(水) [作品]一問一答 [初出]『芸術新聞』昭17年4月

    

   

正直に言ひ、正直に進んで行くと、生活は実に簡単になります。

    

   

 

2002年1月23日(水) [作品]春の盗賊[初出]『文芸日本』昭15年1月号

    

   

私生活に就ての手落は、私生活の上で、実際に示すより他は無い。

    

   

 

2002年1月16日(水) [作品]人間失格 [初出]『展望』昭23年6〜8月号

    

   

自分には、あざむき合つてゐながら、清く明るく朗らかに(原文は傍点)生きてゐる、或ひは生き得る自信を持つてゐるみたいな人間が難解なのです。

    

   

 

2002年1月9日(水) [作品]新ハムレツト [初出]文芸春秋社刊・昭16年7月

    

   

愛は言葉だ。言葉が無くなれや、同時にこの世の中に、愛情も無くなるんだ。

    

   

 

2002年1月1日(火) [作品]女生徒 [初出]『文学界』昭14年4月号

    

   

いま、といふ瞬間は、面白い。いま、いま、いま、と指でおさへてゐるうちにも、いま、は遠くへ飛び去つて、あたらしい「いま」が来てゐる。

    

   

 

2001年12月26日(水) [作品]メリイクリスマス [初出]『中央公論』昭22年1月号

    

   

ハロー、メリイ、クリスマアス。

    

   

 

2001年12月19日(水) [作品]昭和二十二年に望むこと(アンケート) [初出]『人間』昭22年1月号

    

   

何を望んだつて、何も出来やしねえ。

    

   


◆他の回答(3)◆
「明治以後百年にも満たないのに、既に厳として犯すべからざる多くの古典的権威が定説化してゐる現状は、果して日本文学の幸福か不幸かといふ点を、来年こそは明確にして、過去現在の日本文学の権威を一応疑つてみたい。そして、過去の日本文学から何らの権威的影響を受けない鬼子(おにご)的作品の出現に、われ人ともに努力したい。よしんばそれが月足らずであらうと、猫や杓子よりは有意義であらう。」(織田作之助)、「今は誰も彼も辛いのです、夫々の立場で。お互ひに同胞相愛し合ひたいものです。」(今日出海)、「望む事はたくさんありますが、誰でも望んでゐる事はあらためて云ふ必要もないでせうし、又到底実現不可能な事は云つても仕様がないでせう。私にとつて差し当り望ましいのは、早く外国の学術書が手に入る様になる事であります。」(林健太郎)、「昭和二十二年に望むことは、愛国心を喚起すべきことです。敗北の後に愛国心が喪失してゐる現状が、即ち日本がみづから植民地に陥ることの原因です。私の言ふ愛国心とは、国を愛することであつて、国を守ることではない。外国を敵とすることではなくて、自国を輝かしきものとすることです。昭和二十二年は、このまゝで行けば本当の亡国の年になるかも知れない。私はそれを憂へるのです。」(石川達三)、「せつかく清掃したところへごみをすてるやうな意地の悪い紳士や淑女がゐなくなりますやうに、――天皇陛下が戦争中どのやうなことをお考へになつたか、ラヂオでうかゞへるやうな、率直で平和で人間的な国になりますやうに――、寒くなつても燃料がありますやうに、――電気のフューズがあまり切れませんやうに――。etc」(渡辺一夫)、 「日本が、真に感じ、真に考へたことを、自分自身の言葉で語るやうになること。」(本多顕彰)[回答総数76]

 

2001年12月12日(水) [作品]昭和二十二年に望むこと(アンケート) [初出]『人間』昭22年1月号

    

   

何を望んだつて、何も出来やしねえ。

    

   


◆他の回答(2)◆
「行くところのない子、家のない人、仕事のない人、めしのくえない人、病気で働けない人、老いて救ひのない人、精神のよりどころのない人、そういふ「ない」人達が、「何かある」ようになつて欲しい。」(青野季吉)、「敗北といふ巨大な試練のための混乱であるからやむを得ないかも知れないけれども、終戦後、自由、解放、といふ言葉が民主々義の背景のもとに声高くさけばれてきたにも拘はらず、なにが真実で、なにが虚偽であるかの問題は、われわれを納得させるやうな展開をしてゐないやうに思はれる。虚偽がしきりに暴露され、白日の下に秘密はなくなつたやうでありながら、人間の深淵も、歴史の虚構もいまだすこしも解明されてゐるやうには思はれない。これは直ちに文学の問題であり、来る年にわれわれの望むのは、人間と歴史との真実の自由がすこしづつでも開拓されることのみだ。それはすこしづつでもかまはない。」(火野葦平)、「一日も早く戦争裁判が終了して、媾話会議が開かれ、賠償額が決定し、海外との交通が再び開かれることを切望します。日本人が敗戦国としての真の現実を知ることによつて、祖国再建の勇猛心を起してくれるやうな、掛値のない、ありの侭の姿の日本が、われわれの眼の前につきつけられることを願ひます。一切のはかない夢を破ること、これが新しい年に私の最も希望するところです。」(河盛好蔵)、「日本の小説が少しづつでも世界の人達に分るやうな方向に近づいて欲しいと思ふ。そのためには、支那の新生活運動とかのやうに、単に政治組織の革新だけでなく、日常生活の習俗にも、強力な、思ひきつた変革が齎らされて欲しい。」(石坂洋次郎)、「楽に汽車にのれることをのぞむ。――先日大垣から東京まで十時間立ちどほしで、一睡もせず帰京。折角山陰で頭休めをして来たのに、何にもならなくなつた。」(丹羽文雄)[回答総数76]

 

2001年12月5日(水) [作品]昭和二十二年に望むこと(アンケート) [初出]『人間』昭22年1月号

    

   

何を望んだつて、何も出来やしねえ。

    

   


◆他の回答(1)◆
「言論の自由。」(亀井勝一郎)、「一般大衆の常識(原文は傍点)向上無くしては一切の事望み難し。文教の府よろしく一大啓蒙運動を起すべし。」(高村光太郎)、「偏へに五風十雨日あたたかに風静かならん事を願ふのみに御座候」(佐藤春夫)、「一日も早く媾話会議が結ばれて亡国の民の意識から救はれたいと思ふ。」(上林暁)、「復興工作の第一着手として、戦禍の少なかつた地方自治体の生活立て直しを実現させたい。さうして是には主として三十歳前の壮年を働かせたい。出来るだけ精確なる事実を彼等に供与したい。」(柳田國男)、「一日も早く、もとのやうになつてほしい。」(宇野浩二)、「私が昭和二十二年に望むことも別にひと様とちがつてはをりますまいと思ひます。」(中勘助)、「やつて貰ひたきことは無数にあれども直ちに実行のできさうなものはありませんね。実行のできない理由をのべることはやめます。やはり自分たちの手もとから仕事をはじめること。」(三好達治)、「誰も彼も受身の状態にあるやうで、早くこれから脱けたいと思ひます。ここまで押されて来たことですから、立直るのには骨が折れますが、せめて来年中にはみんなが受身な気持ちから脱出したいものです。さうすればいろんなことがうまくいくだらうと思ひます。」(尾崎一雄)、「大変自分勝手な願望ではありますが、せめてこの一年間は色々な他の用事から解放させて頂いて、自分の本来の研究に身も心も打ちこみたいと思ひます。」(湯川秀樹)、「一、経済の安定。一、世界に向つて窓の開かれること。」(芹澤光治良)、「ゆたかな年であることをのぞみます。これはまだハツキリと希望はもてないとしても、少しづつでもこののぞみのある方へ、はたらきかけて行きたいと思ひます。」(瀧井孝作)、「平和を望みます。世界にも、日本にも、僕の住んでゐる町にも、僕の生活にも。」(阿部知二)[回答総数76]

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