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太宰治作品のコトバ

 2005 ……


 

2005年5月25日(水) [作品]十五年間 [初出]『文化展望』昭21年4月号

    

   

芸術家はそれゆゑ、自分のからだをひた隠しに隠して、ただその笛の音だけを吹き送る。

    

    

 

2005年5月18日(水) [作品]如是我聞 [初出]『新潮』昭23年3〜7月号

    

   

隠者の装ひをしてゐながら、周囲がつねに賑やかでなかつたならば、さいはひである。

    

    

 

2005年5月11日(水) [作品]親友交歓 [初出]『新潮』昭21年12月号

    

   

自分のところへ来た客人が、それはどんな種類の客人でも、家の者たちにあなどられてゐる気配が少しでも見えると、私は、つらくてかなはないのだ。

    

    

 

2005年5月5日(木) [作品]渡り鳥 [初出]『群像』昭23年4月号

    

   

智慧を伴はない直覚は、アクシデントに過ぎない。

    

    

 

2005年4月27日(水) [作品]同じ星 [初出]『鱒』昭22年1月1日付発行

    

   

自分と同年同月同日に生れたひとに対して、無関心で居られるものであらうか。

    

    

 

2005年4月20日(水) [作品]美男子と煙草[初出]『日本小説』昭23年3月号

    

   

天使が空を舞ひ、神の思召により、翼が消え失せ、落下傘のやうに世界中の処々方々に舞ひ降りるのです。私は北国の雪の上に舞ひ降り、君は南国の蜜柑畑に舞ひ降り、さうして、この少年たちは上野公園に舞ひ降りた、ただそれだけの違ひなのだ。

    

    

 

2005年4月13日(水) [作品]徒党について [初出]『文芸時代』昭23年4月号

    

   

新しい徒党の形式、それは仲間同士、公然と(原文は傍点)裏切るところからはじまるかもしれない。

    

    

 

2005年4月6日(水) [作品]小説の面白さ [初出]『個性』昭23年3月号 

    

   

小説と云ふものは、本来、女子供の読むもので、いはゆる利口な大人が目の色を変へて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合ふと云ふやうな性質のものではないのであります。

    

    

 

2005年3月30日(水) [作品]斜陽 [初出]『新潮』昭22年7〜10月号 

    

   

札のついてゐない不良が、こはいんです。

    

    

 

2005年3月23日(水) [作品] [初出]『人間』昭22年4月号

    

   

私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供の貯金をさへ使ひ果してゐる始末なのだ。

    

    

 

2005年3月16日(水) [作品]人間失格 [初出]『展望』昭23年6〜8月号

    

   

自分の苦悩の壷がやけに重かつたのも、あの父のせゐだつたのではなからうかとさへ思はれました。

    

    

 

2005年3月9日(水) [作品]津軽地方とチエホフ [初出]『アサヒグラフ』昭21年5月15日付発行

    

   

津軽地方にも、いまはおびただしく所謂「文化人」がゐる。さうしてやたらに「意味」ばかり求めてゐる。

    

    

 

2005年3月2日(水) [作品]如是我聞 [初出]『新潮』昭23年3〜7月号

    

   

芸術に於ては、親分も子分も、また友人さへ、無いもののやうに私には思はれる。

    

    

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