太宰治作品のコトバ(全)

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太宰治作品のコトバ

 2001〜2009 ……


                                                                    2009.9.21UP

[作品]思ひ出 [初出]『海豹』昭8年4〜7月号

・洋服の袖で額の汗を拭いてゐたら、鼠色のびつくりするほど大きい帆がすぐ眼の前をよろよろととほつて行つた。

・そこに並べられたかずかずの刊行物の背を見ただけでも、私の憂愁は不思議に消えるのだ。

・私には十重二十重の仮面がへばりついてゐたので、どれがどんなに悲しいのか、見極めをつけることができなかつたのである。

・私はその頃、人と対するときには、みんな押し隱して了ふか、みんなさらけ出して了ふか、どちらかであつたのである。

・海峡を渡つて来る連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水平線から浮んで出た。

 

[作品]葉 [初出]『鷭』昭9年春号

・ほんたうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば。

・花きちがひの大工がゐる。邪魔だ。

・外はみぞれ、何を笑ふやレニン像。

・お前は嘘がうまいから、行ひだけでもよくなさい。

・役者になりたい。

・安楽なくらしをしてゐるときは、絶望の詩を作り、ひしがれたくらしをしてゐるときは、生のよろこびを書きつづる。

・ねむるやうなよいロマンスを一編だけ書いてみたい。

・どうにか、なる。

 

[作品]彼は昔の彼ならず [初出]『世紀』昭9年10月号

・引越したばかりの新居は、ひとを感傷的にするものらしい。

・清貧なんてあるものか。金があつたらねえ。

・みんなみんな昔ながらの彼であつて、その日その日の風の工合ひで少しばかり色あひが変つて見えるだけのことだ。

 

[作品]ロマネスク [初出]『青い花』創刊号(昭9年12月)

・むかしむかしのよい男が、どうしていまでは間抜けてゐるのだらう。

 

[作品]道化の華 [初出]『日本浪曼派』昭10年5月号

・美しい感情を以て、人は、悪い文学を作る。

・笑顏をつくることは、青年たちにとつて、息を吐き出すのと同じくらゐ容易である。

・告白するのにも言葉を飾る。

・どんなまづしい作家でも、おのれの小説の主人公をひそかに神へ近づけたがつてゐるものだ。

・彼等の有頂天な狂言を、現実の呼びごゑが、よせやいとせせら笑つてぶちこはしたのだ。

・作家は、おのれのすがたをむき出しにしてはいけない。それは作家の敗北である。

 

[作品]もの思ふ葦 [初出]『日本浪曼派』昭10年8月号〜『文芸雑誌』創刊号(昭11年1月)

・人は人に影響を与へることもできず、また、人から影響を受けることもできない。

・文章の中の、ここの箇所は切り捨てたらよいものか、それとも、このままのはうがよいものか、途方にくれた場合には、必ずその箇所を切り捨てなければいけない。いはんや、その箇所に何か書き加へるなど、もつてのほかといふべきであらう。

・節度を保つこと。節度を保つこと。

・なんにもしたくないといふ無意志の状態は、そのひとが健康だからである。

 

[作品]ダス・ゲマイネ [初出]『文芸春秋』昭10年10月号

・友情と金錢とのあひだには、このうへなく微妙な相互作用がたえずはたらいてゐるものらしく、彼の豊潤の状態が私にとつていくぶん魅力になつてゐたことも争はれない。

・ごらん下さい、私はいまかうしてゐます、ああしてゐますと、いちいち説明をつけなければ指一本うごかせず咳ばらひ一つできない。いやなこつた!

 

[作品]めくら草紙 [初出]『新潮』昭11年1月号

・私は、死ぬるとも、巧言令色であらねばならぬ。鉄の原則。

 

[作品]碧眼托鉢 [初出]『日本浪曼派』昭11年1月号〜3月号

・苦しみ多ければ、それだけ、報いられるところ少し。

・いやになつてしまつた活動写真を、おしまひまで、見てゐる勇気。

 

[作品]陰火 [初出]『文芸雑誌』昭11年4月号

・女のからだからはなれたとたんに、男の情熱はからつぽになつてしまつた筈である。

・めいめいのからだを取り返したとき、二人はみぢんも愛し合つてゐない事実をはつきり知らされた。

・列車は川下の鉄橋を渡つてゐた。あかりを灯した客車が、つぎ、つぎ、つぎ、つぎと彼等の眼の前をとほつていつた。

 

[作品]狂言の神 [初出]『東陽』昭11年10月号

・笑ひながら厳粛のことを語る。

・かれの生涯の念願は、「人らしい人になりたい」といふ一事であつた。

・人からあなどりを受け、ぺしやんこに踏みにじられ、はふり出されたときには、書物を売り、きまつて三円なにがしのお金をつくり、浅草の人ごみのなかへまじり込む。

 

[作品]創生記 [初出]『新潮』昭11年10月号

・ああ、やつぱり、愛は言葉だ。

・無言の愛の表現など、いまだこの世に実証ゆるされてゐないのではないか。

・言葉で表現できぬ愛情は、まことに深き愛でない。

・いまの世の人、やさしき一語に飢ゑて居る。ことにも異性のやさしき一語に。

 

[作品]音に就いて [初出]『早稲田大学新聞』昭12年1月20日

・聖書や源氏物語には音はない。全くのサイレントである。

 

[作品]HUMAN LOST [初出]『新潮』昭12年4月号

・五六百万人のひとたちが、五六百万回、六七十年つづけて囁き合つてゐる言葉、「気の持ち様。」といふこのなぐさめを信じよう。

・妻は、職業でない。妻は、事務でない。ただ、すがれよ、頼れよ。

・私の辞書に軽視の文字なかつた。

・十二、三歳の少女の話を、まじめに聞ける人、ひとりまへの男といふべし。

・かりそめの、人のなさけの身にしみて、まなこ、うるむも、老いのはじめや。

・無才、醜貌の確然たる自覚こそ、むつと図太い男を創る。

 

[作品]思案の敗北 [初出]『文芸』昭12年12月号

・ 路を歩けば、曰く、「惚れざるはなし。」みんなのやさしさ、みんなの苦しさ、みんなのわびしさ、ことごとく感取できて、私の辞書には、「他人」の文字がない有様。

・もつとも世俗を気にしてゐる者は、芸術家である。

 

[作品]『晩年』に就いて [初出]『文筆』昭13年2月号

・あのね、読んで面白くない小説はね、それは、下手な小説なのです。

 

[作品]一日の労苦 [初出]『新潮』昭13年3月号

・牢屋にいれられても、牢屋を破らず、牢屋のまま歩く。

 

[作品]満願 [初出]『文筆』昭13年9月号

・私は愛といふ単一神を信じたく内心つとめてゐた。

・ふと顔をあげると、すぐ眼のまへの小道を、簡単服を着た清潔な姿が、さつさつと飛ぶやうにして歩いていつた。白いパラソルをくるくるつとまはした。

 

[作品]姥捨 [初出]『新潮』昭13年10月号

・倫理は、おれは、こらへることができる。感覚が、たまらぬのだ。

・男らしさ、といふこの言葉の単純性を笑ふまい。

・おれは、愛しながら遠ざかり得る、何かしら強さを得た。

・生きて行くためには、愛をさへ犠牲にしなければならぬ。

 

[作品]女人創造 [初出]『日本文学』昭13年11月号

・男は、女になれるものではない。女装することは、できる。

 

[作品]富嶽百景 [初出]『文体』昭14年2、3月号

・人は、完全のたのもしさに接すると、まづ、だらしなくげらげら笑ふものらしい。

・ 井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆつくり煙草を吸ひながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさうであつた。

・娘さんを、ちらと見た。きめた。多少の困難があつても、このひとと結婚したいものだと思つた。

・富士には、月見草がよく似合ふ。

・三七七八米の富士の山と、立派に相対峙し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よか つた。

・富士にたのまう。

・富士山、さやうなら、お世話になりました。

 

[作品]女生徒 [初出]『文学界』昭14年4月号

・朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。

・けさから五月、さう思ふと、なんだか少し浮き浮きして来た。やつぱり嬉しい。もう夏も近いと思ふ。

・同じ草でも、どうしてこんな、むしりとりたい草と、そつと残して置きたい草と、いろいろあるのだらう。

・人間は、立つてゐるときと、座つてゐるときと、まるつきり考へることが違つて来る。座つてゐると、なんだか頼りない、無気力なことばかり考へる。

・女は、自分の運命を決するのに、微笑一つで沢山なのだ。

・ いま、といふ瞬間は、面白い。いま、いま、いま、と指でおさへてゐるうちにも、いま、は遠くへ飛び去つて、あたらしい「いま」が来てゐる。

・青草原に仰向けに寝ころがつた。

・肉身つて、不思議なもの。他人ならば、遠く離れると次第に淡く、忘れてゆくものなのに、肉身は、なほさら、懐しい美しいところばかり思ひ出されるのだから。

・美しい夕空を、ながいこと見つめたから、こんなにいい目になつたのかしら。

・顔は、他人だ。私自身の悲しさや苦しさや、そんな心持とは、全然関係なく、別個に自由に活きてゐる。

・料理は、見かけが第一である。

・一生、自分と同じくらゐ弱いやさしい温い人たちの中でだけ生活して行ける身分の人は、うらやましい。苦労なんて、苦労せずに一生すませるんだつたら、わざわざ求めて苦労する必要なんて無いんだ。そのはうが、いいんだ。

・肉体が、自分の気持と関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。

・素直に思つてゐることを、そのまま言つてみたら、それは私の耳にも、とつても爽やかに響いて、この二、三年、私が、こんなに、無邪気に、ものをはきはき言へたことは、なかつた。

・いまに大人になつてしまへば、私たちの苦しさ侘びしさは、可笑しなものだつた、となんでもなく追憶できるやうになるかも知れないのだけれど、けれども、その大人になりきるまでの、この長い厭な期間を、どうして暮していつたらいいのだらう。

 

[作品]懶惰の歌留多 [初出]『文芸』昭14年4月号

・純粋を追うて、窒息するよりは、私は濁つても大きくなりたいのである。

・嘘をつかない生活は、決してたふれることは無いと、私は、まづ、それを信じなければ、いけない。

 

[作品]花燭 [初出]竹村書房刊・昭14年5月

・むかし、ばらばらに取り壊し、渾沌の淵に沈めた自意識を、単純に素朴に強く育て直すことが、僕たちの一ばん新しい理想になりました。

・人生の出発は、つねにあまい。まづ試みよ。

・自然には、かなはない。

 

[作品]愛と美について [初出]竹村書房刊・昭14年5月

・俗物だけに、謂はば情熱の客観的把握が、はつきりしてゐる。

・けれども幸福は、それをほのかに期待できるだけでも、それは幸福なのでございます。

 

[作品]火の鳥 [初出]竹村書房刊・昭14年5月

・逢つたばかりの、あかの他人の男女が、一切の警戒と含羞とポオズを飛び越え、ぼんやり話を交してゐる不思議な瞬間が、この世に、ある。

・ほんたうの女らしさといふものは、あたし、かへつて、男をかばふ強さに在ると思ふの。

・女が肉体だけのものだなんて、だれが一体、そんなばかなことを男に教へたのかしら。

・あたしだつて、もののお役に立つことができる。人の心の奥底を、ほんたうに深く温めてあげることができると、さう思つたら、もう、そのよろこびのままで、死にたかつた。

・真実は、行為だ。愛情も、行為だ。表現のない真実なんて、ありやしない。

・愛情は胸のうち、言葉以前、といふのは、あれも結局、修辞ぢやないか。

・真理は感ずるものぢやない。真理は、表現するものだ。時間をかけて、努力して、創りあげるものだ。

・自身のしらじらしさや虚無を堪へて、やさしい挨拶送るところに、あやまりない愛情が在る。

・愛は、最高の奉仕だ。みぢんも、自分の満足を思つては、いけない。

・いまは人間、誰にもめいわくかけずに、自分ひとりを制御することだけでも、それだけでも、大事業なんだ。

・負けても、嘘ついて気取つてゐる男だけが、ひとのせつかくの努力を、せせら笑つて蹴落すのだ。

 

[作品]新樹の言葉 [初出]竹村書房刊・昭14年5月

・叡知を忘れた私のけふまでの盲目の激情を、醜悪にさへ感じた。

 

[作品]正直ノオト [初出]『帝国大学新聞』昭14年5月15日

・芸術に、意義や利益の効能書を、ほしがる人は、かへつて、自分の生きてゐることに自信を持てない病弱者なのだ。

 

[作品]八十八夜 [初出]『新潮』昭14年8月号

・進まなければならぬ。何もわかつてゐなくても絶えず、一寸でも、五分でも、身を動かし、進まなければならぬ。

 

[作品]座興に非ず [初出]『文学者』昭14年9月号

・ひとがぼつとしてゐるときには、ただ圧倒的に命令するに限るのである。

 

[作品]ア、秋 [初出]『若草』昭14年10月号

・ 秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのへて、せせら笑つてしやがんでゐる。

 

[作品]美少女 [初出]『月刊文章』昭14年10月

・私は、ものを横眼で見ることのできぬたちなので、そのひとを、まつすぐに眺めた。

 

[作品]おしやれ童子 [初出]『婦人画報』昭14年11月号

・お金を借りるときよりも、着物を借りる時のはうが、十倍くるしいものであること、ご存じですか。

 

[作品]皮膚と心 [初出]『文学界』昭14年11月号

・だつて、女には、一日一日が全部ですもの。

・あのね、明日は、どうなつたつていい、と思ひ込んだとき女の、一ばん女らしさが出てゐると、さう思はない?

 

[作品]春の盗賊 [初出]『文芸日本』昭15年1月号

・私生活に就ての手落は、私生活の上で、実際に示すより他は無い。

・けれども今は、どんな人にでも、一対一だ。

・それならば、現実といふものは、いやだ! 愛し、切れないものがある。

・あたりまへの、世間の戒律を、叡知に拠つて厳守し、さうして、そのときこそは、見てゐろ、殺人小説でも、それから、もつと恐ろしい小説を、論文を、思ふがままに書きまくる。

 

[作品]鴎 [初出]『知性』昭15年1月号

・さうして私はいま、なんだか、おそろしい速度の列車に乗せられてゐるやうだ。

・社会的には、もう最初から私は敗残してゐるのである。

・確信の在る小さい世界だけを、私は踏み固めて行くより仕方がない。

・身振りは、小さいほどよい。花一輪に託して、自己のいつはらぬ感激と祈りとを述べるがよい。

・よいしよと、水たまりを飛び越して、ほつとする。水たまりには秋の空が写つて、雲が流れる。

 

[作品]心の王者 [初出]『三田新聞』昭15年1月25日付

・学生とは、社会のどの部分にも属してゐるものではありません。また、属してはならないものであると考へます。

 

[作品]駈込み訴へ [初出]『中央公論』昭15年2月号

・私は、ひとの恥辱となるやうな感情を嗅ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります。

 

[作品]老ハイデルベルヒ [初出]『婦人画報』昭15年3月号

・三島は、私にとつて忘れてならない土地でした。私のそれから八年間の創作は全部、三島の思想から教へられたものであると言 つても過言でない程、三島は私に重大でありました。

 

[作品]善蔵を思ふ [初出]『文芸』昭15年4月号

・故郷の者は、ひとりも私の作品を読まぬ。

・ 捨て切れないのである。ふるさとを、私をあんなに嘲つたふるさとを、私は捨て切れないで居るのである。

・故郷の雰囲気に触れると、まるで身体が、だるくなり、我儘が出てしまつて、殆ど自制を失ふのである。

・芸術は、命令することが、できぬ。

 

[作品]走れメロス [初出]『新潮』昭15年5月号

・ 間に合ふ、間に合はぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もつと恐ろしく大きいものの為に走つてゐるのだ。

 

[作品]女の決闘 [初出]『月刊文章』昭15年1〜6月号

・書き出しの巧いといふのは、その作者の「親切」であります。

・食後の倦怠は、人を、「どうとも勝手に」といふ、ふてぶてしい思ひに落ちこませるものである。

・自身、愛欲に狂乱してゐながら、その狂乱の様をさへ描写しようと努めてゐるのが、これら芸術家の宿命であります。

・人は、念々と動く心の像すべてを真実と見做してはいけません。

・時々刻々、美醜さまざまの想念が、胸に浮んでは消え、浮んでは消えて、さうして人は生きてゐます。

・薄情なのは、世間の涙もろい人たちの間にかへつて多いのであります。

・ 女性にとつて、現世の恋情が、こんなにも焼き焦げる程ひとすぢなものとは、とても考へられぬ事でした。

・男の作家の創造した女性は、所詮、その作家の不思議な女装の姿である。

・知らなかつた。女といふものは、こんなにも、せつぱつまつた祈念を以て生きてゐるものなのか。

・女は、恋をすれば、それつきりです。ただ、見てゐるより他はありません。

 

[作品]自作を語る [初出]『月刊文章』昭15年9月号

・自作を説明するといふ事は、既に作者の敗北であると思つてゐる。

・私は、いつでも、言ひたい事は、作品の中で言つてゐる。

 

[作品]一灯 [初出]『文芸世紀』昭15年11月号

・持物は、神から貰つた鳥籠一つだけである。つねに、それだけである。

 

[作品]きりぎりす [初出]『新潮』昭15年11月号

・ 電気を消して、ひとりで仰向に寝てゐると、背筋の下で、こほろぎが懸命に鳴いてゐました。縁の下で鳴いてゐるのですけれど、それが、ちやうど私の背筋の真下あたりで鳴いて ゐるので、なんだか私の背骨の中で小さいきりぎりすが鳴いてゐるやうな気がするのでした。この小さい、幽かな声を一生忘れずに、背骨にしまつて生きて行かうと思ひました。

 

[作品]かすかな声 [初出]『帝国大学新聞』昭15年11月25日

・自己弁解は、敗北の前兆である。いや、すでに敗北の姿である。

・さうして人は、案外、甘さの中に生きてゐる。

・議論とは、往々にして妥協したい(原文は傍点)情熱である。

 

[作品]乞食学生 [初出]『若草』昭15年7〜12月号

・けさの知識は、けさ情熱を打ち込んで実行しなければ死ぬるほど苦しいのである。

・浅間しい神経ではあるが、私も、やはり、あまりに突飛な服装の人間には、どうしても多少の警戒心を抱いてしまふのである。

・大船に乗つてゐながら、大船の悪口を言つてゐるやうなものさ。

・自己優越を感じてゐる者だけが、真の道化をやれるんだ。

 

[作品]東京八景 [初出]『文学界』昭16年1月号

・万年若衆は、役者の世界である。文学には無い。

・私は絶えず、昇らなければならぬ。

・銀座裏のバアの女が、私を好いた。好かれる時期が、誰にだつて一度ある。不潔な時期だ。

・私は、やはり、人生をドラマと見做してゐた。いや、ドラマを人生と見做してゐた。

・けれども人生は、ドラマでなかつた。

・人は、いつも、かう考へたり、さう思つたりして行路を選んでゐるものでは無いからでもあらう。

・多くの場合、人はいつのまにか、ちがふ野原を歩いてゐる。

・こんどは、遺書として書くのではなかつた。生きて行く為に、書いたのだ。

・僕は、こんな男だから出世も出来ないし、お金持にもならない。けれども、この家一つは何とかして守つて行くつもりだ。

・人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言ひ切れる自覚ではないか。

 

[作品]みみづく通信 [初出]『知性』昭16年1月号

・くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。

・朝日は、やつぱり偉いんだね。新鮮なんだね。

・何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまふのは、それあ怠惰だ。

 

[作品]佐渡 [初出]『公論』昭16年1月号

・自分の醜さを、捨てずに育てて行くより他は、無いと思つた。

・見てしまつた空虚、見なかつた焦躁不安、それだけの連続で、三十歳四十歳五十歳と、精一ぱいあくせく暮して、死ぬるのではなからうか。

 

[作品]清貧譚 [初出]『新潮』昭16年1月号

・人は、むやみに金を欲しがつてもいけないが、けれども、やたらに貧乏を誇るのも、いやみな事です。

 

[作品]弱者の糧 [初出]『日本映画』昭16年1月号

・ 映画館の一隅に座つてゐる数刻だけは、全く世間と離れてゐる。あんな、いいところは無い。

・心の猛つてゐる時には、映画なぞ見向きもしない。

 

[作品]服装に就いて [初出]『文芸春秋』昭16年2月号

・荷物は、少いほどよい。

・衣服が人心に及ぼす影響は恐ろしい。

 

[作品]新ハムレツト [初出]文芸春秋社刊・昭16年7月

・どんなに愛し合つてゐても、口に出してそれと言はなければ、その愛が互ひにわからないでゐる事だつて、世の中には、ままあるのです。

・僕ひとりの愛憎の念に拠つて、世の中が動いてゐるものでもないんだしね。

なんといふ、まづい事ばかりおつしやるのでせう。あなたも、そろそろ子供の父になるのですよ。

・僕は、どうも、人を信頼し過ぎる。愛に夢中になりすぎる。

・人を憎むとは、どういふ気持のものか、人を軽蔑する、嫉妬するとは、どんな感じか、何もわからない。ただ一つ、僕が実感として、此の胸が浪打つほどによくわかる情緒は、おう可哀想といふ思ひだけだ。

・僕は、このとしになつて、やつと、世の中に悪人といふものが本当にゐるのを発見した。

・ひとの悪徳を素早く指摘できるのは、その悪徳と同じ悪徳を自分も持つてゐるからだ。

・自分が不義をはたらいてゐる時は、ひとの不義にも敏感だ。

・愛は言葉だ。言葉が無くなれや、同時にこの世の中に、愛情も無くなるんだ。

・愛が言葉以外に、実体として何かあると思つてゐたら、大間違ひだ。

 

[作品]世界的 [初出]『早稲田大学新聞』昭16年10月15日

・あまり身近かにゐると、かへつて真価がわからぬものである。

 

[作品]風の便り [初出]『文学界』昭16年11月号

・単純な眼を持て。複雑といふ事は、かへつて無思想の人の表情なのです。

・真の尊敬といふものは、お互ひの近親感を消滅させて、遠い距離を置いて淋しく眺め合ふ事なのでせうか。

・生活と同じ速度で、呼吸と同じ調子で、絶えず歩いてゐなければならぬ。

・生きてゐるのと同じ速度で、あせらず怠らず、絶えず仕事をすすめてゐなければならぬ。

・五十年、六十年、死ぬるまで歩いてゐなければならぬ。

 

[作品]誰 [初出]『知性』昭16年12月号

・相手の夢をいたはるといふ事は、淋しい事だと思つた。

 

[作品]私信 [初出]『都新聞』昭16年12月2日

・無邪気に信じてゐる者だけが、のんきであります。

 

[作品]新郎 [初出]『新潮』昭17年1月号

・一日一日を、たつぷりと生きて行くより他は無い。

・けれども、このごろは、めつきり私も優しくなつて、思ふ事をそのままきびしく言ふやうになつてしまつた。

・疑つて失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。

 

[作品]律子と貞子 [初出]『若草』昭17年2月号

・艶聞といふものは、語るはうは楽しさうだが、聞くはうは、それほど楽しくないものである。

 

[作品]一問一答 [初出]『芸術新聞』昭17年4月

・正直に言ひ、正直に進んで行くと、生活は実に簡単になります。

 

[作品]水仙 [初出]『改造』昭17年5月号

・家来といふものは、その人柄に於いて、かならず、殿様よりも劣つてゐるものである。

 

[作品]待つ [初出]『女性』(博文館)所収・昭17年6月

・ 世の中の人といふものは、お互ひ、こはばつた挨拶をして、用心して、さうしてお互ひに疲れて、一生を送るものなのでせうか。

 

[作品]正義と微笑 [初出]錦城出版社刊・昭17年6月

・十六になつたら、僕といふ人間は、カタリといふ音をたてて変つてしまつた。

・じつさい、十六になつたら、山も、海も、花も、街の人も、青空も、まるつきり違つて見えて来たのだ。

・学生時代に不勉強だつた人は、社会に出てからも、かならずむごいエゴイストだ。

・日曜の蔭にかくれてゐる月曜の、意地わるい表情におびえるのだ。

・有頂天の直後に、かならずどん底の失意に襲はれるのは、これは、どうやら僕の宿命らしい。

・人間なんて、どんないい事を言つたつてだめだ。生活のしつぽが、ぶらさがつてゐますよ。

・思はせ振りを捨てたならば、人生は、意外にも平坦なところらしい。

・かれは、人を喜ばせるのが、何よりも好きであつた!

 

[作品]小さいアルバム [初出]『新潮』昭17年7月号

・ いい加減にあしらつて、ていよく追ひ帰さうとしてゐる時に、この、アルバムといふやつが出るものだ。注意し給え。

・お客の接待にアルバムを出すといふのは、こいつあ、よつぽど情熱の無い証拠なのだ。

 

[作品]炎天汗談 [初出]『芸術新聞』昭17年7月

・ 自分では絶えず工夫して進んでゐるつもりでも、はたからはまづ、現状維持くらゐにしか見えないものです。

・修業といふ事は、天才に到る方法ではなくて、若い頃の天稟のものを、いつまでも持ち堪へる為にこそ、必要なのです。

 

[作品]花火 [初出]『文芸』昭17年10月号

・放縦な生活をしてゐる者は、かならずストイツクな生活にあこがれてゐる。

 

[作品]帰去来 [初出]『八雲』昭18年6月第二輯

・私は長い汽車の旅にはなるべく探偵小説を読む事にしてゐる。

・原稿料にしろ印税にしろ、自分ひとりの力で得たと思つてはいけないのだ、みんなの合作と思 はなければならぬ、みんなでわけるのこそ正しい態度かも知れぬ、と思つたりした。

 

[作品]右大臣実朝 [初出]錦城出版社刊・昭18年9月

・ その環境から推して、さぞお苦しいだらうと同情しても、その御当人は案外あかるい気持で生きてゐるのを見て驚く事はこの世にままある例だと思ひます。

・アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。

・男ハ苦悩ニヨツテ太リマス。ヤツレルノハ、女性ノ苦悩デス。

・あんな、生れてから一度も世間の苦労を知らずに育つて来た人たちには、へんな強さがある。

 

[作品]散華 [初出]『新若人』昭19年3月号

・ そのやうな厳粛な決意を持つてゐる人は、ややこしい理窟などは言はぬものだ。激した言ひ方などはしないものだ。つねに、このやうに明るく、単純な言ひ方をするものだ。

・けれども、この世に於いて、和解にまさるよろこびは、そんなにたくさんは無い筈だ。

 

[作品]花吹雪 [初出]『佳日』(肇書房)所収・昭19年8月

・男はやつぱり最後は、腕力にたよるより他は無いもののやうに思はれる。

・私が、いつも何かに追はれてゐるやうに、朝も昼も夜も、たえずそはそはして落ちつかぬのは、私の腕力の貧弱なのがその最大理由の一つだつたのであらうか。

・真理は、笑ひながら語つても真理だ。

 

[作品]新釈諸国噺/貧の意地 [初出]『文芸世紀』昭19年9月号

・短編十二は、長編一つよりも、はるかに骨が折れる。(凡例)

・駄目な男といふものは、幸福を受取るに当つてさへ、下手くそを極めるものである。突然の幸福のお見舞ひにへどもどして、てれてしまつて、かへつて奇妙な屁理屈を並べて 怒つたりして、折角の幸福を追ひ払つたり何かするものである。

・気の弱い男といふものは、少しでも自分の得になる事に於いては、極度に恐縮し汗を流してまごつくものだが、自分の損になる場合は、人が変つたやうに偉さうな理屈を並べ、いよいよ自分に損が来るやうに努力し、人の言は一切容れず、ただ、ひたすら屁理屈を並べてねばるものである。

・弱気な男といふものは、自分の得にならぬ事をするに当つては、時たま、このやうな水際立つた名案を思ひつくものである。

 

[作品]純真 [初出]『東京新聞』昭19年10月16日

・感覚だけの人間は、悪鬼に似てゐる。

 

[作品]津軽 [初出]小山書店刊・昭19年11月

・男の意地といふものは、とかく滑稽な形であらはれがちのものである。

・大人とは、裏切られた青年の姿である。

・信じるところに現実はあるのであつて、現実は決して人を信じさせる事が出来ない。

・津軽人の愛情の表現は、少し水で薄めて服用しなければ、他国の人には無理なところがあるかも知れない。

・私には、常識的な善事を行ふに当つて、甚だてれる悪癖がある。

・風景といふものは、永い年月、いろんな人から眺められ形容せられ、謂はば、人間の眼で舐められて軟化し、人間に飼はれてなついてしまつて、高さ三十五丈の華厳の瀧にでも、やつぱり檻の中の猛獣のやうな、人くさい匂ひが幽かに感ぜられる。

・昔から絵にかかれ歌によまれ俳句に吟ぜられた名所難所には、すべて例外なく、人間の表情が発見せられるものだが、この本州北端の海岸は、てんで、風景にも何も、なつてやしない。

・兄弟の間では、どの程度に礼儀を保ち、またどれくらゐ打ち解けて無遠慮にしたらいいものか、私にはまだよくわかつてゐない。

・津軽の旅行は、五、六月に限る。津軽では、梅、桃、桜、林檎、梨、すもも、一度にこの頃、花が咲くのである。

・私が有頂天で立てた計画は、いつでもこのやうに、かならず、ちぐはぐな結果になるのだ。私には、そんな具合のわるい宿命があるのだ。

・元気で行かう。絶望するな。では、失敬。

 

[作品]一つの約束 [初出]昭19年頃

・しかし、誰も見てゐない事実だつて世の中には、あるのだ。

 

[作品]竹青 [初出]『文芸』昭20年4月号

・もつと、むきになつて、この俗世間を愛惜し、愁殺し、一生そこに没頭してみて下さい。

 

[作品]惜別 [初出]朝日新聞社刊・昭20年9月

・人間の生活の苦しみは、愛の表現の困難に尽きるといつてよいと思ふ。

 

[作品]お伽草紙 [初出]筑摩書房刊・昭20年10月

・このやうに、所謂「傑作意識」にこりかたまつた人の行ふ芸事は、とかくまづく出来上るものである。(瘤取り)

・ 性格の悲喜劇といふものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れてゐます。(瘤取り)

・疑ひながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事です。(浦島さん)

・人生には試みなんて、存在しないんだ。やつてみる(原文は傍点)のは、やつたのと同じだ。(浦島さん)

・忘却は、人間の救ひである。(浦島さん)

・あそこの家へ行くのは、どうも大儀だ、窮屈だ、と思ひながら渋々出かけて行く時には、案外その家で君たちの来訪をしんから喜んでゐるものである。それに反して、ああ、あの家はなんて気持のよい家だらう、ほとんどわが家同然だ、いや、わが家以上に居心地がよい、我輩の唯一の憩ひの巣だ、なんともあの家へ行くのは楽しみだ、などといい気分で出かける家に於いては、諸君は、まづたいてい迷惑がられ、きたながられ、恐怖せられ、襖の陰に帚など立てられてゐるものである。(カチカチ山 )

・他人の家に、憩ひの巣を期待するのが、そもそも馬鹿者の証拠なのかも知れないが、とかくこの訪問といふ事に於いては、吾人は驚くべき思ひ違ひをしてゐるものである。格別の用事でも無い限り、どんな親しい身内の家にでも、矢鱈に訪問などすべきものでは無いかも知れない。(カチカチ山 )

・皮膚感覚が倫理を覆つてゐる状態、これを低能あるひは悪魔といふ。(カチカチ山)

・女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでゐるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかつてあがいてゐる。(カチカチ山)

・しかし、世捨人だつて、お金が少しでもあるから、世を捨てられるので、一文無しのその日暮しだつたら、世を捨てようと思つたつて、世の中のはうから追ひかけて来て、とても捨て切れるものでない。(舌切雀)。

 

[作品]パンドラの匣 [初出]『河北新報』昭20年10月22日〜昭21年1月7日

・船の出帆は、それはどんな性質な出帆であつても、必ず何かしらの幽かな期待を感じさせるものだ。それは大昔から変りのない人間性の一つだ。

・人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また「絶望」といふ観念にも同様にあざむかれる事がある。

・虫や小鳥は、生きてうごいてゐるうちは完璧だが、死んだとたんに、ただの死骸だ。

・死と隣合せに生活してゐる人には、生死の問題よりも、一輪の花の微笑が身に沁みる。

・古い時代と、新しい時代と、その二つの時代の感情を共に明瞭に理解する事のできる人は、まれなのではあるまいか。

・僕は、流れる水だ。ことごとくの岸を撫でて流れる。

・気のいい人は、必ず買ひ物が下手なものだ。

・いい夢は、忘れたくない。人生に、何かつながりを持たせたい。

・夜の明ける直前のまつくらい闇には、何かただならぬ気配がうごめいてゐるものだ。

・十年一日の如き、不変の政治思想などは迷夢に過ぎないといふ意味だ。

・男の子つて、どんな親しい間柄でも、久し振りで逢つた時には、あんな具合ひに互ひに高邁の事を述べ合つて、自分の進歩を相手にみとめさせたい焦燥にかられるものなのかも知れないね。

・ああ、あれも、これも、どんどん古くなつて行く。

・飛行機といふものの形には、新しい美しさがある。むだな飾りが一つも無いからだらうか。

・私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るやうです。

 

[作品]庭 [初出]『新小説』昭21年1月号

・男といふものは、そんなに、何もかも勝ちつくさなければ気がすまぬものかしら。

 

[作品]親といふ二字 [初出]『新風』創刊号(昭21年1月)

・ クソ真面目な色男気取りの議論が国をほろぼしたんです。気の弱いはにかみ屋ばかりだつたら、こんな事にまでなりやしなかつたんだ。

・あとはまたあとで、どうにかなるだらう。どうにかならなかつたら、その時にはまた、どうにかなるだらう。

 

[作品]貨幣 [初出]『婦人朝日』創刊号(昭21年2月)

・人間は命の袋小路に落ち込むと、笑ひ合はずに、むさぼりくらひ合ふものらしうございます。

 

[作品]嘘 [初出]『新潮』昭21年2月号

・やつぱり、ちよつと男に色気を起させるくらゐの女のはうが、善良で正直なのかも知れません。

 

[作品]十五年間 [初出]『文化展望』創刊号(昭21年4月)

・世に、半可通ほどおそろしいものは無い。

・芸術家はそれゆゑ、自分のからだをひた隠しに隠して、ただその笛の音だけを吹き送る。

・私がもしサロン的なお上品の家庭生活を獲得したならば、それは明らかに誰かを裏切つた事になると考へてゐた。

・負けるにきまつてゐるものを、陰でこそこそ、負けるぞ負けるぞ、と自分ひとり知つてるやうな顔で囁いて歩いてゐる人の顔も、あんまり高潔でない。

・つまり私は、津軽には文化なんてものは無く、したがつて、津軽人の私も少しも文化人では無かつたといふ事を発見してせいせいしたのである。

・いまの私が、自身にたよるところがありとすれば、ただその「津軽の百姓」の一点である。

 

[作品]未帰還の友に [初出]『潮流』昭21年5月号

・ 僕は自分の悲しみや怒りや恥を、たいてい小説で表現してしまつてゐるので、その上、訪問客に対してあらたまつて言ひたい事も無かつた。

・僕は、君たちから僕のつまらぬ一言一句を信頼されるのを恐れてゐたのかも知れない。

 

[作品]津軽地方とチエホフ [初出]『アサヒグラフ』昭21年5月

・津軽地方にも、いまはおびただしく所謂「文化人」がゐる。さうしてやたらに「意味」ばかり求めてゐる。

 

[作品]返事 [初出]『東西』昭21年5月号

・カルチベートされた人間は、てれる事を知つてゐます。

 

[作品]苦悩の年鑑 [初出]『新文芸』第三号(昭21年6月)

・実際、あのドラマチツクな転機には閉口するのである。

・私は、歴史は繰り返してはならぬものだと思つてゐる。

 

[作品]冬の花火 [初出]『展望』昭21年6月号

・人間は皆、自分の毎日の生活に触れて来たものだけを考へて、それで一ぱいのものだわよ。

・いまは誰でも自分たちの一日一日の暮しの事で一ぱいなのでせう?

 

[作品]チヤンス [初出]『芸術』第一号(昭21年7月)

・少くとも恋愛は、チヤンスでないと思ふ。私はそれを、意志だと思ふ。

・しからば、恋愛とは何か。私は言ふ。それは非常に恥かしいものである。

・心に色欲の無い時は、凄いほどの美人と膝頭を接し合つて四時間も座つてゐながら、それに気がつかない事もあるのだ。

・恋愛に限らず、人生すべてチヤンスに乗ずるのは、げびた事である。

・片恋といふものこそ常に恋の最高の姿である。

 

[作品]春の枯葉 [初出]『人間』昭21年9月号

・津軽の春は、ドカンと一時にやつて来るね。

・人が死ぬほど恥かしがつてゐるその現場に平気で乗り込んで来て、恥かしくありませんかと聞ける奴あ悪魔だ。

・空想は限りなくひろがるけれども、しかし、現実は案外たやすく処理できる小さい問題に過ぎないのだ。

・人間がだめになつたんですよ。張り合ひが無くなつたんですよ。大理想も大思潮も、タカが知れてる。そんな時代になつたんですよ。

 

[作品]たづねびと [初出]『東北文学』昭21年11月号

・ああ、人間は、ものを食べなければ生きて居られないとは、何といふ不体裁な事でせう。

 

[作品]薄明 [初出]『薄明』(新紀元社)所収・昭21年11月

・女の二十七、八は、男の四十いやそれ以上に老成してゐる一面を持つてゐる。

 

[作品]親友交歓 [初出]『新潮』昭21年12月号

・ 自分のところへ来た客人が、それはどんな種類の客人でも、家の者たちにあなどられてゐる気配が少しでも見えると、私は、つらくてかなはないのだ。

 

[作品]トカトントン [初出]『群像』昭22年1月号

・恋をはじめると、とても音楽が身にしみて来ますね。あれがコヒのヤマヒの一ばんたしかな兆候だ、と思ひます。

・真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。

 

[作品]昭和二十二年に望むこと(アンケート) [初出]『人間』昭22年1月号

・何を望んだつて、何も出来やしねえ。

 

[作品]同じ星 [初出]『鱒』第一号(昭22年1月)

・自分と同年同月同日に生れたひとに対して、無関心で居られるものであらうか。

 

[作品]ヴィヨンの妻 [初出]『展望』昭22年3月号

・人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あつたら、それは仕合せな人間です。

・トランプの遊びのやうに、マイナスを全部あつめるとプラスに変るといふ事は、この世の道徳には起り得ない事でせうか。

・人非人でもいいぢやないの。私たちは、生きてゐさへすればいいのよ。

 

[作品]母 [初出]『新潮』昭22年3月号

・遊び上手は、身をやつすものです。

・としの若いやつと、あまり馴れ親しむと、えてしてこんないやな目に遭ふ。

・私は、ひとの容貌や服装よりも、声を気にするたちのやうである。

 

[作品]父 [初出]『人間』昭22年4月号

・私のこれまでの四十年ちかい生涯に於いて、幸福の予感は、たいていはづれるのが仕来りになつてゐるけれども、不吉の予感はことごとく当つた。

・炉辺の幸福。どうして私には、それが出来ないのだらう。とても、ゐたたまらない気がするのである。炉辺が、こはくてならぬのである。

・私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供の貯金をさへ使ひ果してゐる始末なのだ。

・父はどこかで、義のために遊んでゐる。

・よく学び、よく遊ぶ、その遊びを肯定する事が出来ても、ただ遊ぶひと、それほど私をいらいらさせる人種はゐない。

・その義とは、義とは、ああやりきれない男性の、哀しい弱点に似てゐる。

 

[作品]フォスフォレッスセンス [初出]『日本小説』昭22年6・7月号

・ 記憶は、それは、現実であらうと、また眠りのうちの夢であらうと、その鮮やかさに変りが無いならば、私にとつて、同じやうな現実ではなからうか。

・私は、一日八時間づつ眠つて夢の中で成長し、老いて来たのだ。

 

[作品]斜陽 [初出]『新潮』昭22年7〜10月号

・ おむすびが、どうしておいしいのだか、知つてゐますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ。

・海は、かうしてお座敷に坐つてゐると、ちやうど私のお乳のさきに水平線がさはるくらゐの高さに見えた。

・恋、と書いたら、あと、書けなくなつた。

・いつまでもお母さまのうしろに立つてゐて、おしまひにはお母さまのしづかな呼吸と私の呼吸がぴつたり合つてしまつた。

・私は、戦争の追憶は語るのも、聞くのも、いやだ。人がたくさん死んだのに、それでも陳腐で退屈だ。

・他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、といふものよ。

・コスチウムは、空の色との調和を考へなければならぬものだといふ大事なことを知らなかつたのだ。

・人間は、嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしてゐるものである。

・人から尊敬されようと思はぬ(原文は傍点)人たちと遊びたい。 

・人間は、いや、男は、(おれはすぐれてゐる)(おれにはいいところがあるんだ)などと思はずに(原文は傍点)、生きて行く事が出来ぬものか。

・とにかくね、生きてゐるのだからね、インチキをやつてゐるに違ひないのさ。

・腕輪、頸飾り、ドレス、帯、ひとつひとつ私のからだの周囲から消えて無くなつて行くに従つて、私のからだの乙女の匂ひも次第に淡くうすれて行つたのでせう。

・札のついてゐない不良が、こはいんです。

・憩へる帆は、例外なく汚い。

・世間でよいと言はれ、尊敬されてゐるひとたちは、みな嘘つきで、にせものなのを、私は知つてゐるんです。

・さうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待つてゐる。

・ああ、人間の生活には、喜んだり怒つたり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めてゐるだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待つて暮してゐるのではないでせうか。

・ローザはマルキシズムに、悲しくひたむきの恋をしてゐる。

・人間は恋と革命のために生れて来たのだ。

・ケチなやつからお説教されて、眼がさめたなんて者は、古今東西にわたつて一人もあつた例(ためし)が無えんだ。

・「しくじつた。惚れちやつた。」とそのひとは言つて、笑つた。

・僕は、僕といふ草は、この世の空気と陽の中に、生きにくいんです。 

・しかし、「母」の生きてゐるあひだは、その死の権利は留保されなければならないと僕は考へてゐるんです。それは同時に、「母」をも殺してしまふ事になるのですから。

・友人がみな怠けて遊んでゐる時、自分ひとりだけ勉強するのは、てれくさくて、おそろしくて、とてもだめだから、ちつとも遊びたくなくても、自分も仲間入りして遊ぶ。

・この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかつて来ました。あなたは、ご存じないでせう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教へてあげますわ、女がよい子を生むためです。

・革命は、いつたい、どこで行はれてゐるのでせう。すくなくとも、私たちの身のまはりに於いては、古い道徳はやつぱりそのまま、みぢんも変らず、私たちの行く手をさへぎつてゐます。海の表面の波は何やら騒いでゐても、その底の海水は、革命どころか、みじろぎもせず、狸寝入りで寝そべつてゐるんですもの 。

・どうか、あなたも、あなたの闘ひをたたかひ続けて下さいまし。

 

[作品]おさん [初出]『改造』昭22年10月号

・世の中を立派に生きとほすやうに生れついた人と、さうでない人と、はじめからはつきり区別がついてゐるんぢやないかしら。

・ 男の人つて、死ぬる際まで、こんなにもつたい振つて意義だの何だのにこだはり、見栄を張つて嘘をついてゐなければならないのかしら。

・気の持ち方を、軽くくるりと変へるのが真の革命で、それさへ出来たら、何のむづかしい問題もない筈です。

 

[作品]犯人 [初出]『中央公論』昭23年1月号

・日の出以前のあの暁(ドオウン)の気配は、決して爽快なものではない。

 

[作品]かくめい [初出]『ろまねすく』昭23年1月号

・ じぶんで、さうしても(原文は傍点)、他のおこなひをしたく思つて、にんげんは、かうしなければならぬ、などとおつしやつてゐるうちは、にんげんの底からの革命が、いつまでも、できないのです。

 

[作品]美男子と煙草 [初出]『日本小説』昭23年3月号

・ 私は、やつぱり独りで、下等な酒など飲みながら、私のたたかひを、たたかひ続けるよりほか無いんです。

・ああ、生きて行くといふ事は、いやな事だ。殊にも、男は、つらくて、哀しいものだ。とにかく、何でもたたかつて、さうして、勝たなければならぬ(原文は傍点)のですから。

・私は、泣きべその気持の時に、かへつて反射的に相手に立向ふ性癖を持つてゐるやうです。

・天使が空を舞ひ、神の思召により、翼が消え失せ、落下傘のやうに世界中の処々方々に舞ひ降りるのです。私は北国の雪の上に舞ひ降り、君は南国の蜜柑畑に舞ひ降り、さうして、この少年たちは上野公園に舞ひ降りた、ただそれだけの違ひなのだ。

 

[作品]小説の面白さ [初出]『個性』昭23年3月号

・ 小説と云ふものは、本来、女子供の読むもので、いはゆる利口な大人が目の色を変へて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合ふと云ふやうな性質のものではないのであります。

 

[作品]女類 [初出]『八雲』昭23年4月号

・じつさい、自惚れが無ければ、恋愛も何も成立できやしません。

・女のひとは、めつたに男にお世辞なんか言ふべきものでは無いかも知れませんね。

・ 二、三寸、背丈が高いか低いかに依つても、それだけ、人生観、世界観が違つて来るのだ。

・女のからだにならない限り、絶対に男類には理解できない不思議な世界に女といふものは平然と住んでゐるのだ。

 

[作品]渡り鳥 [初出]『群像』昭23年4月号

・智慧を伴はない直覚は、アクシデントに過ぎない。

・ 最も偉大な人物はね、自分の判断を思ひ切り信頼し得た人々です、最も馬鹿な奴も、また同じですがね。

・人を賞賛しながら酒を飲むと、悪酔ひしますね。

・もともと、このオリヂナリテといふものは、胃袋の問題でしてね、他人の養分を食べて、それを消化できるかできないか、原形のままウンコになつて出て来たんぢや、ちよつとまづい。消化しさへすれば、それでもう大丈夫なんだ。

 

[作品]徒党について [初出]『文芸時代』昭23年4月号

・ どだい、この世の中に、「孤高」といふことは、無いのである。孤独といふことは、あり得るかもしれない。いや、むしろ、「孤低」の人こそ多いやうに思はれる。

・かへつて、内心、頼りにしてゐる人間は、自分の「徒党」の敵手の中に居るものである。

・新しい徒党の形式、それは仲間同士、公然と(原文は傍点)裏切るところからはじまるかもしれない。

 

[作品]桜桃 [初出]『世界』昭23年5月号

・子供より親が大事、と思ひたい。

・もつたいぶつて、なかなか笑はぬといふのは、善い事であらうか。

・いや、家庭に在る時ばかりでなく、私は人に接する時でも、心がどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で、楽しい雰囲気を創る事に努力する。

・私は議論をして、勝つたためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。さうして私は沈黙する。

・いつでも、自分の思つてゐることをハツキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この理由からである。)

・生きるといふ事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまつてゐて、少しでも動くと、血が噴き出す。

・女房の身内のひとの事に少しでも、ふれると、ひどく二人の気持がややこしくなる。

 

[作品]グッド・バイ [初出]『朝日評論』昭23年7月号

・獲物は帰り道にあらはれる。

 

[作品]「グッド・バイ」作者の言葉 [初出]『朝日評論』昭23年7月号

・ まことに、相逢つた時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きてゐるといつても過言ではあるまい。

 

[作品]如是我聞 [初出]『新潮』昭23年3〜7月号

・ 人生とは、ただ、人と争ふことであつて、その暇々に、私たちは、何かおいしいものを食べなければいけないのである。

・はりきつて、ものをいふといふことは無神経の証拠であつて、かつまた、人の神経をも全く問題にしてゐない状態をさしていふのである。

・芸術に於ては、親分も子分も、また友人さへ、無いもののやうに私には思はれる。

・芸術は試合でないのである。奉仕である。読むものをして傷つけまいとする奉仕である。

・頑固とかいふ親爺が、ひとりゐると、その家族たちは、みな不幸の溜息をもらしてゐるものだ。

・本を読まないといふことは、そのひとが孤独でないといふ証拠である。

・隠者の装ひをしてゐながら、周囲がつねに賑やかでなかつたならば、さいはひである。

 

[作品]人間失格 [初出]『展望』昭23年6〜8月号

・ 自分には、あざむき合つてゐながら、清く明るく朗らかに(原文は傍点)生きてゐる、或ひは生き得る自信を持つてゐるみたいな人間が難解なのです。

・いつたいに、女は、男よりも快楽をよけいに頬張る事が出来るやうです。

・背後の高い窓から夕焼けの空が見え、鴎が、「女」といふ字みたいな形で飛んでゐました。

・他人の家の門は、自分にとつて、あの神曲の地獄の門以上に薄気味わるく、その門の奥には、おそろしい龍みたいな生臭(なまぐさ)い奇獣がうごめいてゐる気配を、誇張でなしに、実感せられてゐたのです。

・ああ、人間は、お互ひ何も相手をわからない、まるつきり間違つて見てゐながら、無二の親友のつもりでゐて、一生、それに気付かず、相手が死ねば、泣いて弔詞なんかを読んでゐるのではないでせうか。

・世間といふのは、君ぢやないか。

・さうして、世間といふものは、個人ではなからうかと思ひはじめてから、自分は、いままでよりは多少、自分の意志で動く事が出来るやうになりました。

・僕は、女のゐないところに行くんだ。

・このお金は使つちやいけないよ、と言つても、お前の事だものなあ、なんて言はれると、何だか使はないと悪いやうな、期待にそむくやうな、へんな錯覚が起つて、必ずすぐにそのお金を使つてしまふのでした。

・自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るやうな恐怖におびやかされてゐるのでした。

・自分の苦悩の壷がやけに重かつたのも、あの父のせゐだつたのではなからうかとさへ思はれました。

・いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。

 

[作品]家庭の幸福 [初出]『中央公論』昭23年8月号

・私の視線は、いつも人間の「家」のはうに向いてゐる。

・家庭の幸福は諸悪の本(もと)。

 

[作品]やはらかな孤独 [初出]『表現』昭23年8月号

・全身、はぢらひでいつぱいだといふ事は、どこにも隙のない証拠ではあるまいか。

・弱いだらしないひとには、孤独は無いものである。

 

[作品]『井伏鱒二選集第四巻』後記 [初出]筑摩書房刊・昭23年11月

・旅行は元来(人間の生活といふものも、同じことだと思はれるが)手持ち無沙汰なものである。

・ 旅行に於て、旅行下手の人の最も閉口するのは、目的地へ着くまでの乗物に於ける時間であらう。すなはちそれは、数時間、人生から「降りて」居るのである。

・旅行の上手な人は、生活に於ても絶対に敗れることは無い。

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