きのう読んだ本
▼
91‐100
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
2005.12.8 となりましたので、100冊の中から、感銘を受けた5冊を選んでみました。
1 谷崎潤一郎『細雪』(感想)
1から3は結果的に、評価の定まっている名作となった。名作を読んでいれば間違いない!
ということになるのかもしれない。4と5からは、生き方の「深さ」というものを教えられた。
2005.12.8 を、12月7日21時10分、自宅で読了しました(新潮文庫・420円)。 六十七になる主人公の江口老人は、はだかのまま眠らされていて目覚めることのない、若い女のいる家に通いながら、人間の生の根源に触れたような気になるが、それを老醜とも感じている。老いの孤独感とは凄まじいものだと思わせる。
→『眠れる美女』 amazonはこちら
2005.11.30 を、11月30日12時40分、W食堂(カキフライ定食820円)で読了しました(2005年11月25日中公新書・1029円)。 36年前に、東大の安田講堂に立てこもった当事者による証言で、当事者でなければ語ることのできない話にひきつけられ、一気に読んでしまった。
→『安田講堂
1968-1969』 amazonはこちら
2005.11.25 を、2005年11月24日18時00分、喫茶店K(コーヒー・モカ460円)で読了しました(新潮文庫・500円)。 主人公信吾と妻、息子夫婦、出戻りの娘それぞれが、充たされない思いを抱えて生きている家族の、孤独感をヒシヒシと感じさせる。主人公と息子の嫁との情愛も、よけい孤独感を深くしている。
→『山の音』 amazonはこちら
2005.11.21 を、11月20日12時25分、日比谷通り和田倉門付近(東京国際女子マラソン見物)で読了しました(2005年9月18日新潮社刊・1470 円)。 身近な人の死がきっかけとなって、奇妙な出来事が起こる物語など五編。全体を否定的な感情が支配しており、「やれやれ」と呟く肯定的な声はもう聞けないのだろうか。
→『東京奇譚集』 amazonはこちら
2005.11.18 を、11月17日12時45分、レストランR(カツカレーセット750円)で読了しました(2005年10月11日平凡社新書・819円)。 サンカについては依然として謎であり、三角寛著『サンカ社会の研究』に描かれていることは三角本人が戦前戦中、「ひとのみち教団」の教義を意図的にサンカ社会に持ち込み、浸透させたものではないかという仮説を提出している。面白く読んだが、迷路に入りこんだような気分でもある。
→『サンカと三角寛』 amazonはこちら
2005.11.14 を、11月13日14時40分、自宅で読了しました(2005年7月15日現代書館刊・2415円)。 三角寛著『サンカ社会の研究』(1965年)にサンカとして登場している人たちの、その後を追跡していて興味深いが、サンカの出自については依然として謎であり、また『サンカ社会の研究』についても「空想の所産」としているが、なぜ三角寛がそんな学位論文を書かなければならなかったのか謎のままである。
→『漂泊の民サンカを追って』 amazonはこちら
2005.11.5 を、11月4日01時00分、自宅で読了しました(1995年12月1日新潮文庫・380円)。 木についての予備知識を何ら持たずに、木と向き合ったときの心の動きが語られている。無心さに惹かれる。
→『木』 amazonはこちら
2005.10.29 を、10月28日21時00分、自宅で読了しました(新潮文庫・340円)。 主人公島村の孤独感と、雪国の駒子の焦燥感が、感覚のいちばん先端で触れ合っているように描かれていて、何となく落ち着かない気持にさせられる。
→『雪国』 amazonはこちら
2005.10.24 を、10月23日21時15分、自宅で読了しました(2005年9月12日平凡社新書・777円)。 団塊世代の特色を「感覚主義・没論理性」に見出し、たとえば全共闘運動については「論」を持たず、感覚的なものを行動原理としていたことが不毛の原因だったと述べている。「感覚主義・没論理性」というのはそれなりに正しい指摘だと思うが、この本の論調が他人事のようであるため説得力を欠いている。
→『昔、革命的だったお父さんたちへ』 amazonはこちら
2005.10.20 を、10月19日21時40分、自宅で読了しました(2004年7月20日津軽書房刊・2940円)。 充実した読書体験だった。生前の太宰治を知る人の回想記や、太宰の作品から、太宰治の人間像を再構成した著作。著者の確かな人間理解に支えられた、類書にない読み応えのある大作で、鮮明な太宰治のイメージと、太宰の作品を解くカギを与えられる。もう一度、読み返したい。 |