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 きのう読んだ本

221‐230-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
 

2009.1.26
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230 津島美知子『回想の太宰治』

を、1月25日20時10分、自宅で読了しました(2008年3月10日講談社文芸文庫・1470円)。

太宰の妻である著者でなければ、知ることのできない太宰の姿が描かれているが、身近にいる夫としてというより、少し距離をおいた場所から、一人の男として観察しているといった印象の回想記である。そこが漱石の妻などのと違うところかもしれない。

この本の書評(太宰論を読む)はこちらです。

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2009.1.25
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229 トロツキー『永続革命論』

を、1月24日10時50分、つくばエクスプレスの車中で読了しました(森田成也訳、2008年4月20日光文社古典新訳文庫・880円)。

トロツキーはこの本の中で、革命が一国を超えた世界革命としてしか成り立たない根拠を、経済の世界的な性格に求めているが、そのことは違った意味で、現在の「世界同時不況」にも当てはまるのではないかと感じさせる。ロシア語原典からの、はじめての翻訳。

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2008.12.21
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228 吉本隆明『「芸術言語論」への覚書』

を、12月20日12時10分、自宅で読了しました(2008年11月17日李白社刊・1785円)。

この本の三分の一を占めている、「人生についての断想」という談話の中で、著者は「魅力のある人間」について、こんなふうに語っている。「魅力のある人間」というのは、「無意識のうちに作られた性格」(生育の過程)と、「意識的に自分で作り上げた性格」(思春期以降)の二つが、バランスの取れている人のことだ、と。そして、意識の部分が充実していると、自分で作り上げたことが自信になっており、無意識の部分が充実していると、伸びやかさがあって相手にも安心感を与えると、述べている(112〜113ページ)。「人間の魅力」について、はじめて聞く話に、関心をとても刺激された。

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2008.12.9
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227 ディビッド・マス『トラウマ』

を、12月7日18時50分、自宅で読了しました(大野裕監訳、2004年4月10日講談社刊)。

過去の体験の累積が、現在の自分の姿だとすれば、「現在」のあり方を問うことは、「過去」の体験を問うことを意味している。この本には、「過去」のつらい体験が呼び覚ますイメージを、「巻き戻し法」によって取り除き、「現在」の自分を苦しめている不安や怖れを感じなくさせる方法が示されている。トラウマ体験だけではなく、すべての体験に応用できる方法だと感じた。

「巻き戻し法」は以前、試してみたことがあります。

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2008.12.3
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226 山田邦紀『明治時代の人生相談』

を、12月2日22時10分、自宅で読了しました(2008年11月10日幻冬舎文庫・630円)。

現在からおよそ100年前の、明治40年(1907年)前後の人々の「悩み」、138本を収録。いま読むと、笑ってしまう「悩み」と「回答」があって、面白く読んだ。恋愛、結婚、人間関係など、現在に直結している「悩み」と「回答」を読むと、「悩み」が個人の問題として、日常的な場で発生していることが分かる。現在では当たり前のことだが、一般の人々が時代の前景に登場してきたことで、「悩み」が日常的な場に浮上してきたのではないか。「悩み」の起源、というものもあるような気がする。

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2008.11.27
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225 村上龍『ポップアートのある部屋』

を、11月26日18時50分、喫茶店D(ビーフカリー700円)で読了しました(1989年3月15日講談社文庫・730円)。

反社会的、非社会的な、薬物やセックスといったことが描かれているが、それが即物的な印象を与えないのは、著者がこの本の「まえがき」で、ポップアートは心を打つわけでも、内部に染み入ってくるわけでもなく、ただ、表面に貼り付いたと書いているのと同じように、この作品が感情を刺激することのない、客観的なイメージを喚起するからだろうか。

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2008.11.21
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224 藤原智美『「家をつくる」ということ』

を、11月20日23時50分、自宅で読了しました(2004年3月15日講談社文庫)。

面白かった。日本人が家に人を招きたがらないのはなぜか? リビングを手に入れながらホームパーティを開こうという気にならないのはなぜか? といった疑問に対して、著者は、日本の住宅からは公的空間(座敷、縁側、勝手口)が失われ、住宅が私的な空間に覆われてしまっているからだと述べている。本来は公的空間であるリビングがその性格を喪失してしまえば、そこは人を招くという空間ではなくなってしまう。そして、住宅から公的空間(擬似社会)がなくなるということは、そこで育つ子供にとって、社会的なものを学ぶ場を失うことを意味していた。著者のこうした問題提起を読むと、住宅が先か家族が先かといった問題を超えて、現在の家族が直面しているものに出会っているような気にさせられる。

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2008.10.31
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223 ナンシー・ウッド『今日は死ぬのにもってこいの日』

を、10月30日21時40分、自宅で読了しました(金関寿夫訳、1995年9月20日めるくまーる刊・1785円)。

プエブロ・インディアンの古老の言葉を書き留めたという本。記述されている言葉を読むと、自然と一体化していたころの人類の、原始的な姿が多く保存されていることが分かる。部族の人々の中には自然が全部住んでいて、彼らは木になれるし、岩にも、ライオンや鷲にもなれるという(78ページ)。この本の言葉に反応できる程度には、私たちの内部にはまだ自然が残されているのだろうか。

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2008.10.27
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222 安岡章太郎『海辺の光景』

を、10月25日19時10分、山手線の車中で読了しました(1965年4月20日新潮文庫・500円)。

昭和34年の作品。敗戦を境に、精神に変調を来した母と、生きることに投げやりになっている軍人だった父。母の死によって、主人公は敗戦がもたらした、自分や家族や故郷の「死」を思い知らされる。現在に一直線につながっている作品の世界に、感銘を受けた。

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2008.10.25
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221 井伏鱒二『珍品堂主人』

を、10月22日10時20分、中央線の車中で読了しました(1977年6月25日中公文庫・500円)。

骨董品をめぐる物語。実用性とは別な、物自体の手触りのようなものが人を惹きつける、骨董の世界にいるためにか、主人公は実業の世界で敗北を喫してしまう。人間や物との骨董品的な関係が、人間の精神のあり方を、広げたり豊かにするということはあるのだろうか?

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