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 「ヴィヨンの妻」について

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2010.12.5UP

(K市立図書館で、2009年12月に行った話の草稿を整理したものです)

今年は生誕100年ということで、太宰治については何かと話題になっています。今日は「ヴィヨンの妻」という作品を採り上げるということですので、早速、作品に入っていきたいと思います。

1 「ヴィヨンの妻」の大筋
太宰治は戦後1年ほどたった、昭和21年11月14日に、妻子を連れて疎開していた青森の生家から、それまで住んでいた東京三鷹の家に戻ってきます。「ヴィヨンの妻」は三鷹に戻ってきた直後の、昭和22年の1月に書き上げられています。

「ヴィヨンの妻」という作品は、大谷という詩人の妻が、「語り手」となっている作品です。大まかな筋は、次のようになります。
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大谷は詩人で30歳、その妻はこの作品の主人公で26歳です。四つになる男の子が一人いますが、よその二つの子どもより小さくて、言葉も「ウマウマ」とかを言えるくらいだとされています。この大谷という詩人の妻が、自分たちの生活を「語る」という形の作品になっています。

大谷の家は小金井にありますが、大谷は家に落ち着いていることはほとんどなく、家を出ると、三日も四日も、あるいはひと月も帰らないことがあります。また、家にお金をぜんぜん入れないので、妻と子どもは、出版社の人が時たま持ってきてくれるお金で暮らしている状態です。

そのため、冬でも家の中は火の気がなく、畳は腐りかけているし、障子は破れ放題です。また、本箱はからっぽになっていて、「荒涼たる風景」だと書かれています。

その詩人の大谷が、クリスマスイブの前日に、「椿屋」という小料理屋から、5千円盗んで家に帰ってくるところから、この作品は始まっています。

「椿屋」は中野駅の近くにあって、50過ぎの主人と40前後の妻のふたりで経営している小料理屋です。この夫婦が、お金を盗んだ大谷を、大谷の家まで追いかけてきます。

大谷と、すこし遅れて妻が玄関に出てきますが、大谷は小料理屋の夫婦とやり取りをしているうちに、玄関から外に飛び出して逃げようとします。そのとき玄関で、大谷と小料理屋の主人がもみあいになります。大谷は「刺すぞ」と言って、小料理屋の主人にジャックナイフを突きつけ、小料理屋の主人が一瞬ひるんだすきに、どこかに逃げていってしまいます。

小料理屋の夫婦は部屋に上がって、大谷の妻にこんなことを語ります。「大谷が小料理屋にはじめて来たのは、戦争が終わる前の年の、昭和19年の春で、二回目に来たときに金を払っただけで、それから3年間、金をまったく払っていない。大谷は戦後、人が変わってしまった。酒量が増えて、人相はけわしくなり、下品な冗談を口走ったり、記者と喧嘩をしたり、店の二十前の女の子に手を出したりするようになった。クリスマスイブ前日の今日は、とうとう5千円を盗んで逃げた。」

大谷の妻は、翌日のクリスマスイブに、その中野の小料理屋に行って、店の手伝いをすることになります。その日の夜、大谷は34、5歳の女性と小料理屋にやって来て、その女性に立て替えてもらって、盗んだ金を返します。

大谷の妻は、大谷のこれまでの借金を返すために、クリスマスイブのその日から小料理屋で、「椿屋のさっちゃん」という名前で働くことになります。大谷は二日に一度くらい、飲みにやってきて、しばしば一緒に家まで帰るというようなことになります。

一月ほど経った、翌年の正月の末に、大谷の妻が小料理屋の客に、作品の言葉で言うと、「けがされる」という事件が起きます。その日は雨が降っていました。大谷の妻が帰り支度をしながら、店から傘を借りようとしていると、店に一人残っていた25、6歳の工員ふうの客が、傘なら俺も持っている、近所だから俺が送ると言って、大谷の妻を小金井の家まで送っていきます。

大谷の妻を家まで送った後、その客は雨の中を帰って行きますが、深夜、ふらふらに酔っ払って、大谷の家にまた現れます。そして、実は家は立川なのだけれど、電車がなくなったので玄関の式台にでもいいから泊めてくれと言います。大谷の妻は主人もいないからと、座布団を二枚、玄関の式台に敷いて寝かせます。その客はすぐ、高いびきをかいて寝てしまいます。

翌日のあけがたに、事件は起こります。作品にはたった一行、「そうして、その翌る日のあけがた、私は、あっけなくその男の手に入れられました」と、書かれているだけです。

大谷の妻は事件のあったその日も、何事もなかったかのように、店に出かけます。店では夫が朝から、一人で酒を飲みながら、新聞を読んでいました。妻が夫に、昨夜はこなかったのかと聞くと、夫は、10時過ぎに来たけど、妻が帰った後だったので、この店に泊まっちゃったと言います。

妻が、私もこんどからこの店に、ずっと泊めてもらう事にしようかしらと言うと、夫も、いいでしょうそれもと同意します。

そして、作品のラストになります。夫は、「去年の暮れに、この店から5千円持って出たのは、妻と子どもに、いいお正月をさせたかったからで、『人非人』でないからしでかすのだ」と言います。しかし、妻は格別うれしくもなく、「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と言うところで、この作品は終わっています。
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2 「家の外」に出て行く夫
「ヴィヨンの妻」という作品は、「妻」が「語り手」になっているため、「夫」の気持ちや感情が、直接にはあらわれていない。ということは、作者の気持ちや感情が、直接にはあらわれていないと言ってもいいと思います。「妻」の側からの見方で、語られています。

そうすると、「妻」の方から「夫」を見た場合、どんな「夫」の姿が見えてくるかということになります。「夫」は経済的に家庭を維持するとか、家を侵入者から守るとか、そういった社会的な義務をぜんぜん果たしていないことになります。

「夫」は家にお金を入れないので、子どもが熱を出しても、医者に連れていくこともできません。「妻」が、子どもが熱を出したことを告げても、「夫」は、医者に連れていったらいいでしょうと言って、忙しげにどこかに出かけてしまいます。

出かけるといっても、「家の外」で働いているとか、社会的な活動をしているとかいうことではなく、どこで何をしている事やら、さっぱり分からないという状態です。(★上の写真の(1))

また、「妻」が小料理屋の客に、作品の言葉で言うと「けがされる」という事件が起きますが、それは、「夫」がいつも家を留守にしていて、家を侵入者から守るということを、怠った結果だともいえると思います。

つまり、大谷の家は、「夫あるいは父がいない」という状態になっていて、「妻と子ども」は、守るもののいない吹きっさらしに、たたずんでいるような状態になっています。これが、「妻」から見た、「夫」と自分たち家族の姿だといっていいと思います。

では一体なぜ、「夫」は家族を守ろうとしないで、「家の外」に出ていってしまうのか。「妻」が「語り手」になっているので、「夫」の気持ちは直接には描かれていませんが、「妻」から見た「夫」の姿として、たとえば、こんなふうに描かれています。

「夫」は、帰ってくるときはいつも泥酔していて、「妻」の顔を黙って見て、ぽろぽろ涙を流したり、「妻」の布団にもぐり込んできて、「こわいんだ。たすけてくれ!」といって「妻」を抱きしめて、がたがた震えていたりします。そして、あくる朝には、「魂の抜けた人みたいにぼんやりして、そのうちにふっといなくなってしまう」と、描かれています。

「夫」のこんな姿を見ますと、「夫」の幼児性というものが際立っているように感じられます。つまり「夫」は、外界に怯えている幼児が、母親にしがみついて安心するような、そんな人物として描かれています。

「夫」は「不安」や「恐怖」のようなものを感じていて、そのために、「妻」を抱きしめて震えているわけです。しかし、いつもそんな「不安」や「恐怖」を感じていると、この「夫」のように、「自分の気持ち」の外のことには関心が向かないで、「自分の気持ち」が安心するような行為ばかりを求めるようになります。家を守ろうという意識など、起こりようがないわけです。

そうすると、「夫」はなぜいつも、「不安」や「恐怖」を感じているのかということになります。「夫」は、「家庭」とはどういうものかとか、「夫としての自分」とはどういうものかとか、「父としての自分」とはどういうものかとか、そういうことが「分からない」ため、そういうもののイメージを、目に見えるような形で思い浮べることができないのではないか。

それにもかかわらず、現に「家庭」を持っていて、現に「夫」や「父」であることを続けていかなければならないとしたら、そのことは不安や苦痛でしかないし、そこから逃げ出したくなるだろうと思います。「妻」にしがみつくというようなことは、そんな「不安」から逃れようとしている行為に見えます。

「家庭」とか「父としての自分」とかいうもののイメージを、どうしても作ることができない。そのため、「家庭」や「家族」を、気持ちの「安心」を得られる場として、感じることができない。そこには作者・太宰治の、生い立ちが関係しているような気がします。


3 「家の外」に出て行く妻
大谷の家はこんなふうに、「妻」にとっても、「夫」にとっても、気持ちの安心を感じさせるようなところではなくなっています。しかし、そんな「妻」にも、一つの転機が訪れます。それは、小料理屋で働きはじめたことです。

「妻」はクリスマスイブの日から、小料理屋で働くことになります。その日の夜、「夫」は小料理屋に一度顔を出して、盗んだ金を返しますが、その夜はそれきり、小料理屋には戻ってきませんでした。「妻」はその夜の10時過ぎまで、その小料理屋で働いて、子供を背負って家に帰りますが、「夫」はやはり家には帰って来ていません。

そのときの「妻」の心境は、こんなふうに語られています。

《その夜、十時すぎ、私は中野の店をおいとまして、坊やを背負ひ、小金井の私たちの家にかへりました。やはり夫は帰つて来てゐませんでしたが、しかし私は、平気でした。あすまた、あのお店へ行けば、夫に逢へるかも知れない。どうして私はいままで、こんないい事に気づかなかつたのかしら。きのふまでの私の苦労も、所詮は私が馬鹿で、こんな名案に思ひつかなかつたからなのだ。》

このように、「妻」は、中野の小料理屋で働いていれば、「夫」に会えるかもしれないということに気がつきます。「夫」と一緒にいたいという、「妻」の気持ちが、痛いほど伝わってくる場面だと思います。

しかし、「夫」と会える場所が、「家の外」でしかないということが、「妻」の悲劇を招いてしまうことになると考えられます。「夫」が家に帰ってこないから、「妻」が「夫」のいるところにでかけて行くということは、「妻」が言うようには「名案」だとは言えないと思います。家族の気持ちの安心というのは、「家の中」でしか得られないと思いますが、それを「家の外」に求めてしまったことが、「妻」の悲劇を招いてしまったといっていいと思います。

「妻」が小料理屋で働きはじめたのは、クリスマスイブの日からです。「妻」はその翌日から、「椿屋のさっちゃん」という名前で、中野の小料理屋で働くことになります。「妻」も、「家の外」に出て行くようになるわけです。(★上の写真の(2))

そのときの気持ちを「妻」は、「生活が今までとはまるで違って、浮々した楽しいものになった」と述べています。そして、美容院に行って髪の手入れをし、化粧品をとりそろえ、着物を縫い直したりして、いままでの「胸の中の重苦しい思い」もきれいに拭いさられた感じがしたと語っています。

「夫」と会える場所(中野の小料理屋)を発見したことによって、「胸の中の重苦しい思い」はなくなり、「生活が浮々した楽しいものになった」と、「妻」は語っていることになります。しかし、「妻」の「浮々した楽しいものになった」という気持ちには、「夫」に会えるからということから、少しだけはみ出したものを感じさせます。

つまり、髪の手入れをし、化粧品をとりそろえ、着物を縫い直したりして、生活が浮々した楽しいものになったという言い方には、「夫」に会えるからだけということ以上のものを、感じさせるように描かれているような気がします。

つまり、ここには、「女としての性の意識」が、顔をのぞかせているような気がします。そのことは、もともとは「夫」に対するものだったとしても、それが「家の外」で現されることによって、また、「夫」は毎日その小料理屋に来るわけではないため、男一般に対する「女としての性の意識」として働いていると考えていいような気がします。

本来は「家の中」において、気持ちも身体も一体になって、同化してしまうことで得られる安心感のことを、「性の意識」といっていいと思います。そういう安心感が欲しいという意識を、「妻」はもっていて、それを「家の外」で「夫」に会うことによって実現しようとしていたのかもしれません。しかし、そのことを「家の外」に求めようとしたことが、「妻」から「女」に変質する契機になったと考えられます。

そう考えますと、小料理屋の客に「けがされる」、あるいは「あっけなくその男の手に入れられた」という作品の言葉も、「妻」の、「女としての性の意識」が招き寄せたものだと、考えられるような気がします。

つまり、「妻」が、そのことを語るところが、何となく不自然に感じられるわけです。たとえば、「その男」と呼ばれている、店に一人残っていた25、6歳の工員ふうの客のことを、「妻」は「はじめての客」だと言っています。けれども、その男は「妻」の家が小金井にあることを知っていて、おれも小金井の近所に住んでいると言ったり、「妻」が大谷の妻であることを知っていて、大谷先生の詩のファンだと言ったりします。

さらに、電車で小金井駅をおりてから、「妻」の家まで二人で歩いていくときの様子を、「妻」は、「雨の降るまっくらい路を相合い傘でならんで歩きました」と語っています。

つまり、不自然さというのは、「はじめての客」であるはずなのに、その客が、「妻」の家が小金井にあることや、大谷という詩人の妻であることを知っていることです。さらに、そのことに対して、「妻」が不審を感じていないこと、また、「まっくらい路を相合い傘でならんで歩きました」と語っていることも、何となく不自然さを感じさせます。

また、深夜、酔っ払って、大谷の家に戻ってきたその男の客が、実は俺の家は立川だと言うことにも、「妻」は不審を抱かず、自分の家の玄関の「式台」に寝かせます。「式台」が、土足を脱いで玄関から上がる、「家の中」と地続きのところであることを考えると、無警戒だといってもいいような気がします。

この不自然さは、「妻」が、「けがされた」とか「男の手に入れられた」と述べていることが、一方的にそうされたものだとは、作者が考えていなかったことによるのではないかと考えられます。

つまり作者は、「妻」とこの客とのことを、いまの言葉でいえば「不倫」という関係とみなしたいという意識がどこかにあるのではないか。そのため、「けがされた」とか「男の手に入れられた」と「妻」に語らせても、どこかに不自然さが残ってしまうのではないかという気がします。

ところで、「妻」が、「家の外」で気持ちの安心を求めようとしたことが、「妻」の悲劇を招いたのだとすれば、「妻」はここで、「夫」とまったく同じ位置に立ったことになります。「夫」も「家の中」では、気持ちの安心を得ることができず、「家の外」に気持ちの安心を求めて、「家の外」に出て行く人だったからです(★上の写真の(2))


4 「家の外」に出て行く一家
「妻」と客とのことがあった日、「妻」が店に出かけていくと、店では「夫」が朝から一人で酒を飲んでいます。「夫」が、「昨夜はこの店に泊まった」と言うのを聞いて、「妻」も、「私もこんどからこの店に、ずっと泊めてもらう事にしようかしら」と言います。すると、「夫」は、「いいでしょうそれも」と、そのことに同意する場面があります。

そのあと、「妻」は「夫」に向かって、あるいは独り言のように、「そうするわ。あの家をいつまでも借りてるのは、意味ないもの」と、言います。「家を借りてるのは意味ない」と言うわけですが、自分の家を確保するということは、「家族」や「家庭」を維持していくために、「家の中」と「家の外」との境界をはっきりさせるという意味で、どうしても必要なことのように思います。そのことに対して、「妻」は「意味ない」と言うわけですが、大谷一家は一家全体がここで、「家の中」から「家の外」へ出て行こうとしています(★上の写真の(3)の上の線)

はじめは、「夫」だけが「家の外」へ出て行きました(★上の写真の(1))。つぎに、「妻」も「家の外」へ出て行くようになります(★上の写真の(2))。それでも、「夫」や「妻」は、「家の中」に戻ってくる存在でした。ところが最後は、一家全体が「家の外」へ出て行こうとしています(★上の写真の(3))。そうすると、もはや、「家の中」と「家の外」との境目がなくなってしまいますので、「家」とか「家族」とか「家庭」とかが、成り立つ余地がなくなってしまうように思います。

この後すぐ、作品のラストになります。「夫」は、「去年の暮れに、この店から5千円持って出たのは、妻と子どもに、いいお正月をさせたかったからで、『人非人』でないからしでかすのだ」と言います。それに対して、「妻」は格別うれしくもなさそうに、「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と応えます。この作品はここで終わっています。「夫」はここではじめて、「夫」らしいこと、「父」らしいことを語っていますが、「妻」は「夫」のそんな言葉を信じてはいません。

ではどうして、「妻」はこうした、「生きているだけでいい」というような言葉を、吐くことができるのか。「妻」あるいは「女性」という存在は、目的を持たない「家庭」という場を、志向する存在だからだと考えられます。つまり、目的を持たない場でなければ、「生きているだけでいい」なんて言えないと思います。

「家の外」の社会というところは、会社であっても、学校であっても、目的があります。だから、人は社会的な関係の中では、何らかの役割を負わされているので、その役割に従って生きていくしかありません。それで、「生きているだけでいい」ということでは済まなくて、何らかの役割を果たして生きていかなければならない、ということになると思います。社会的な関係を志向する傾向が強い「男」に、「生きているだけでいい」いう論理は成り立たないと考えられます。

作品の最後の、この妻の一言によって、「妻」と「夫」の関係は逆転します。家族全体が「家の外」へ出て行こうとしているとき、「妻」は初めて自分の意思で、「生きているだけでいい」という言葉を表明します。

その言葉は、「妻と子どもに、いいお正月をさせたかったから、金をぬすんだんだ」というような、「夫」の弱々しい弁解じみた言葉とは違っています。もう一度、「家を借りる」ということを行ない、もう一度「家族」とか「家庭」をつくり直すということ、つまり、大谷一家をもう一度、「家の外」から「家の中」へ引き戻そうとしている迫力のある言葉だといえると思います。(★上の写真の(3)の下の線)

「ヴィヨンの妻」という作品は、このように、「家の外」に出て行ってしまう「夫」あるいは「男」の弱さに対して、「家の中」に戻ろうとする、「妻」あるいは「女」の強さを描いている作品のように思えます。(了)

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