太宰治のいた碧雲荘は荻窪に残ってました
2003.10.31UP
碧雲荘が残ってる?
それまで聞いたことがなかった。
手元にある、
太宰治の文学アルバムや文学紀行を見ても、
碧雲荘のことは載っていない。
そのことを知ったのは、
今年3月に放送された、
NKHラジオの東京文学探訪という
講座のテキストでだった。
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| 現在の碧雲荘 |
太宰は荻窪にある碧雲荘に、
薬物中毒を治して退院したすぐ後の、
昭和11年11月15日から、
昭和12年6月20日まで住んでいた。
昭和12年3月には、
初代夫人と心中未遂事件を起し、
その後まもなく離別している。
碧雲荘は太宰にとって、
あまりいい思い出のない場所だったかもしれない。
ここから見た富士山のことを、
太宰は後年、
小説「富嶽百景」でこんなふうに書いている。
アパートの便所の、
金網が張られた四角い窓から見えた富士を忘れない、と。
2003年10月20日(月)
現存するという碧雲荘、
古い建物なので、
いつまで残っているか分からない。
見ておくなら、いまのうちかもしれない。
秋晴れの日、中央線で荻窪に向かった。
金網の張られた便所の四角い窓は、
いまもあるだろうか。
荻窪駅の北口を出て、
天沼本通りにある荻窪税務署を目指す。
駅から800メートルほど歩くと、
天沼本通りの右側に税務署が見えてくる。
そのまま少し進んで、
一つ目の角を右に曲ると、
まもなく右側にそれらしい建物が見つかる。
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碧雲荘正面(南側)、
「HUMAN LOST」はここの二階で書かれた |
檀一雄は『小説太宰治』で、
「碧雲荘と書くと、堂々たるアパートに聞えるが、
実は全く和室の二階八畳の、間借りだった。
ただ、階上に炊事場が一部屋あって、
間借りでも随時、炊事出来るという状況である。」
と書いているが、
いま見るとなかなか堂々とした造りである。
予想していたのより、ずっと立派だ。
現在はアパートでなく、
個人の住宅となっているようである。
「碧雲荘」と書いてある表札でも残っていないかと、
玄関の近くまで近づいてみるが、
そんなものはどこにも見当たらない。
当時の痕跡が何かないかと、
怪しまれないように、
なにげなく見ていると
(他人の家の玄関先にいるだけで、
充分怪しいのですけれど)、
ありました。
玄関わきの外壁に、
郵便受けのフタが、
当時のままのような感じで残っている。
そしてそれはいまでも、
郵便受けとして使われているようだ。
「口入差聞新便郵」と書いてあるそこを、
太宰宛の郵便も何度か通過したかもしれない。
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| 「郵便新聞差入口」です。 |
きょろきょろしていて(やっぱり怪しい)、
気がついたのだけれど、
建物には入口が二ヶ所ある。
変わった造りだと思って見ていたのだが、
一階は大家さんが住んでいて、
二階だけを間貸ししていたので、
大家さん用の入口と間借り人用の入口が
あったのかもしれない。
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| 入口が二ヶ所 |
年譜にも、
「大工の棟梁が経営していた二階」とあるから、
一階に棟梁が住んでいて、
二階を太宰が間借りしていたということだろうか。
この建物の堂々とした造り、
大工の棟梁ということと考えあわせると、
何となく納得がいく。
富士山を見たという、
金網張りの便所の窓は分からない。
本当にあったのか、
部屋の中に入れてもらえれば、
もう少しはっきりするかもしれないが、
そこまではなかなか勇気がなくて。
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富士山が見えるとすれば、
この西側からだけど…… |
碧雲荘から500メートルほど行ったところに、
井伏鱒二が昭和2年から、
亡くなる平成5年まで住んでいた家がある。
太宰が美知子夫人と昭和14年に、
結婚式を挙げたのもこの家である。
現在も「井伏」という表札がかかっていて、
住んでいる人がいるようだ。
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| 碧雲荘からすぐの井伏宅 |
帰りに歩いた、
天沼キリスト教会から荻窪駅までの教会通りは、
狭くてまがりくねった路地の両側に、
小さな店がたくさん並んでいて、
なかなかいい感じの商店街です。
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| 教会通り |
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●碧雲荘は2017年4月に、大分県湯布院に「ゆふいん文学の森」として移築されました。
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●「(昭和十一年)十一月十五日、照山荘アパートから、荷物を杉並区天沼一丁目二百三十八番地碧雲荘に運んで移った。天沼衛生病院裏手の大工の棟梁が経営していた二階であった。」(1999年5月発行『太宰治全集13』所収、山内祥史氏作成の年譜より)
『小説 太宰治』 amazonはこちら 檀 一雄

【太宰治・散歩】
・太宰治が散歩していた船橋の神社を探して ・太宰治とつげ義春の御嶽へ行ってきました ・太宰治のいた碧雲荘は荻窪に残ってました ・太宰治は船橋の玉川旅館で遊んでいたか? ・太宰治が恐がった不動明王を見に湯河原に
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