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 太宰治論を読む - 柳美里著

2003年2月7日
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2 柳美里「私にとっての聖書/太宰治『もの思う葦』」

                             『言葉は静かに踊る』新潮社2001年3月5日所収
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柳美里のこの文章によって、太宰が世間の評価にこだわった理由が納得できたように思う。著者の文章を私なりに理解すると、こんなふうになる。ほんとうの自分(内的自己)を受け容れ、愛してくれる他者(生まれてまもなく出逢う母など)が不在だと、世界に認知されていないという不安の中で生きるしかない。太宰にはそのような他者が不在だったので、内的自己によって書いた小説が世間的に否定されることは、全人格、存在そのものが否定されるに等しかった、と。

自分が存在していることに対する安心感みたいなもの(内的自己)がちゃんとあれば、世間的に評価されなくても、自己の存在が否定されたと感じることがないから、世間の評価にそれほどこだわる必要がないのかもしれない。それが太宰のように不安定だと、世間の評価が自己を支えるものとなってしまう。太宰は「内的自己」を、近親者との関係ではなく、世間との関係で作らなくてはならなかったのではないか。

ただ、「ひとの内部には、これが紛れもなく自分自身だと思える自己が存在する。この内的自己は、生まれてまもなく出逢う他者に認められなければ自我が崩壊してしまうという大きな試練に曝される。」(216ページ)と書かれているが、「内的自己」ははじめから存在しているのではなく、生まれてまもなく出逢う他者(母など)によって認められ、肯定されてはじめて作られるのではないか。それが確立していないからこそ、自分が存在することの支えを、世間の評価のような外部に求めるのではないかと思える。


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