太宰治論を読む細谷博『太宰治』2004年5月7日 Tweet 太宰治の作品には、もろもろの体験を経た「大人」に訴えかけるものがあり、そんな「大人」の読み手ということを考えたいと、著者は述べている。 この本では、初期の「思ひ出」から、最後の『人間失格』に至るまでの主要な作品が論じられているが、それが単なる紹介や解説としてではなく、深い作品理解となっているのは、著者が一貫して「尋常な世間人」(189ページ)という姿勢を、崩していないからだと思える。 たとえば、夫婦のすれ違いや、男女の死闘を描いた『お伽草紙』には、面白おかしく語る、いきいきとした語りの力を見ることができるとした上で、次のように 『人間失格』の読み直しにつなげている。 「私には、それ(『お伽草紙』の語りの力・注)こそが、この世の凡常な生の諸相をふたたび柔軟なまなざしによって見出し、ひろやかな〈肯定性〉を与えるもの、と感じられるのです。もし、そうした『お伽草紙』につなげて読み直すことが可能となれば、あまりに深刻な読みとりに傾いた『人間失格』に、本来そなわっていたはずの〈軽み〉が、より明瞭なものとして見えて来るのではないでしょうか。」(200ページ) 私なども、「深刻な読みとり」に傾きがちなので、「尋常な世間人」という位置から、もう少し「軽み」を感じたほうがいいのではないかと、反省させられる。「どっちつかずでゆれ動く読み方」(181ページ)が、太宰の作品には必要なのかもしれない。 この本、読後感がとても爽やかで、太宰の読者にはオススメの一冊です。
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