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 太宰治論を読む - 平野謙著

2005年1月31日
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24 平野謙「太宰治論」

         『太宰治研究1/その文学』筑摩書房1978年6月15日所収
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初出は昭和29年(1954年)9月。平野謙は太宰の文学と「時代の影響」について、次のように書いている。

「太宰の三期がそれぞれ左翼崩壊の時代、戦争の時代、戦後惑乱の時代にそれぞれ対応すると、私は最初に書いたが、この時代の影響をやはり軽視すべきではないと思う。そのたぐいまれな生活喪失の文学が資性によるか環境によるか時代によるかは容易にさだめがたいが、前期の錯乱、中期の健全、後期の敗亡はそれぞれ時代の影響によつて、そのように顕現した、と思いたい。すぐれた芸術家は、すべて運命の子であると同時に時代の子ででもある。」(アンダーラインは引用者)

それほど長くはない生涯なのに、こんな明確に区分できる時代を生きていたことが、何か幸せなことに思えてくる。だが、時代の影響だけだとしたら、太宰の文学は時代とともに滅んでしまったに違いない。

太宰の作品が現在でも古びないのは、時代の影響と同時に、太宰の「資性」がその文学を支えているからではないか。だから、太宰の作品から「時代」だけを読み取っても、「資性」だけを読み取っても、太宰を理解したことにはならない。

『斜陽』や『人間失格』の背後には「戦後惑乱の時代」が、『津軽』や『お伽草紙』の背後には「戦争の時代」が横たわっているのと同時に、それらの作品を支えているのは太宰の強烈な「資性」であるような気がする。

ところが、太宰が生きた時代から遠ざかるほど、「時代の子」としてよりも、「運命の子」としての側面が大きく見えてくる。太宰と同時代の者が感じていたようには、太宰が生きた時代を感じることはできないとしても、「時代の子」としての側面が太宰の文学を支えていることも、忘れてはならないと思える。


▲『太宰治研究1/その文学』(筑摩書房1978年6月15日)は絶版ですが、サイト「日本の古本屋」で見つけることができるかもしれません(2005年2月13日現在:あり)。
「日本の古本屋」はこちら


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