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 太宰治論を読む - 東郷克美著

2006年3月20日
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29 東郷克美『太宰治という物語』       筑摩書房2001年3月30日
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太宰治の『晩年』『右大臣実朝』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』などを中心に、作者・太宰治が、「太宰治」という虚像を作り上げ、その虚像を演じていく様子が解き明かされている。

著者は太宰の初期作品に触れ、次のように書いている。

「太宰には、現実世界で徹底的に敗北すること、自己を人間失格者として完成することこそ、彼の文学の真実性を保証する唯一の道であると感じられたのである。それはいわば太宰治という物語を実生活が後追いするようなかたちを辿ったといえる。」(54ページ)

作者・太宰は「太宰治という物語」を仮構し、その仮構された「太宰治」を作者みずからの実生活が追いかけて行く。そのためには「現実世界で徹底的に敗北すること」が必要であったとして、著者は太宰の生い立ち(母の不在)や転向に現実世界での敗北を見出し、そのことが作品に与えている影響を解明している。

たとえば、初期の作品「思ひ出」「魚服記」などについてこう書いている。

「昭和八年以降の太宰治は、昭和五年までの彼とは別人のように小説がうまくなる。これは、昭和六、七年という空白の間に何か作家的飛躍を促すに足る重要な契機があったことを暗示している。それを転向と呼ぶにはいくつもの留保が必要だが、昭和七年七月の青森警察への自首前後に、ある種の回生が太宰の上に訪れたことだけは確かである。それをひとくちでいうなら、ひとたびは否定すべきものとして、自らの内部で禁止した幼少年期とそれをとりまく思い出の世界へ再び帰って行くことであった。一旦はそこから脱出しようとした津軽的なるものを、ついに断ち切りがたいものとして容認することによって、その追憶の中に身を浸し、そこにかえって自らの文学的源泉を求めようとしたとき、太宰は真に固有の文体をもつ作家「太宰治」として自立するに至るのである。作家的出発が「魚服記」と「思ひ出」という津軽に取材した作品によってなされたことも、それがあたかも太宰治という筆名の選択の時期と重なっていたこととともに決して偶然ではない。」(63ページ)

初期の「魚服記」「思ひ出」などが、それまでの作品とは別人のものであるようなのは、否定すべきものとされた「津軽的なるもの」が、転向によって容認され、そこに文学的源泉を求めようとしたからだとされる。「地主一代」「学生群」(昭和5年)から、「魚服記」「思ひ出」(昭和8年)への変貌に対して、これほど説得力のある説明を聞いたことがない。

しかし、この「津軽的なるもの」ももちろん仮構された世界であって、現実世界に訣別して仮構された世界に生きる、作家「太宰治」がこの本では追求されていくことになる。

著者は国文学の研究者のようであるが、この本のあとがきで、「今でもどんな対象であれ、何らかのかたちでそれに私的なモチーフを仮託できるのでなければ、何も書けないたち」(292ページ)と述べているように、著者の問題意識がこの本を研究というスタイルに収まらないものとしており、そのことが読む者に感銘を与えているのだと思う。

太宰治の作品を読み解こうとする者にとって、必読の書だといえる。


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