表紙太宰治論を読む[一覧]サイトマップ

 太宰治論を読む - 赤木孝之著

2006年4月10日
───────────────────────────────
30 赤木孝之『戦時下の太宰治』      武蔵野書房1994年8月16日
───────────────────────────────

戦争に対する太宰治の姿勢について、「右大臣実朝」「津軽」「新釈諸国噺」「惜別」「お伽草紙」などの作品を通じて、解明しようとした本。

手元にある近代日本総合年表(岩波)から、太平洋戦争中(昭和16年12月8日〜昭和20年8月15日)の、昭和19年、20年に書かれた小説を抜き出してみる。

【昭和19年】
・久保田万太郎「樹蔭」
・片岡鉄兵「尼寺の記」
・三島由紀夫「花ざかりの森」
・太宰治「津軽」
【昭和20年】
・太宰治「新釈諸国噺」
・太宰治「お伽草紙」

6作品のうち、3作品が太宰のものである。

太宰治は戦時中、時流に迎合した作品をほとんど書くことなく、「津軽」「お伽草紙」などの傑作を書き続けた、数少ない作家の一人だった。この本の著者はそのことを、戦争に対する批判や抵抗としてあったのではなく、戦争を知らない者は戦争を書くなと自戒しながら、戦争の終結を「待つ」という太宰の姿勢がそうさせたと述べている。

さらに、戦争に対する太宰の姿勢について、次のように書いている。

「世は軍国主義一色に染まり、挙げて国策文学の時代であった。文学も芸術的完成度などよりも時局にとっての有用、有効性のみでその軽重が決定され、声高に時局迎合の主義主張を唱えられる者のみが正義であった。その中にあって太宰は〈あのね、読んで面白くない小説はね、それは、下手な小説なのです〉という年来の確信に基づいて、決して気負うことなく、自らの物語(原文は傍点)を創り上げていったのである。そうして出来上がった作品は〈ささやかな玩具〉としての役割を担わせることで充分であった。その表明は、国策とも御用とも無縁でありたいと願う太宰の、時局から一歩身を引いた姿勢でありながらも、文学に対する自らの態度を貫こうとする決意(太字は引用者)の表明のように思われる。それは、国策文学、御用文学一色に塗りつぶされた観のあったあの時期の文壇においてひときわ異彩を放ちはしたが、それが、国策文学批判、ましてや軍国主義批判などという次元とは全く無縁の産物であったことはいうまでもない。」(176ページ)

太宰は戦争に迎合しなかったのと同様、戦後の民主主義にも迎合しなかった。それは、この本の著者が言うように、「時局から一歩身を引いた姿勢でありながらも、文学に対する自らの態度を貫こうとする決意」によるものだと、考えていいのかもしれない。

それでも、太宰になぜ、そうしたことが可能であったのか、疑問は残る。「決意」だけで、可能となるものではないと思えるから、である。


『戦時下の太宰治』の購入 セブンアンドワイはこちら icon


サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ


日本の古本屋
 


表紙太宰治論を読む[一覧]サイトマップ