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 太宰治論を読む - 亀井勝一郎著

2006年10月2日
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31 亀井勝一郎『無頼派の祈り−太宰治』    審美社1979年12月3日
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著者と太宰治との交友は、太宰が三鷹に引っ越してきた昭和14年からはじまり、戦後の昭和22年まで続いたという。三鷹の太宰の住居は、著者の住む家から歩いて15分位のところにあったらしい。

この本は太宰の死(昭和23年)の直後から、15年の間に書かれたもので、身近にいた人特有のべっとりとした感じもなく、距離をおいて見た太宰の作品と人となりが記述されている。

距離をおいて見た太宰の姿は、たとえば出自の問題として、次のように捉えられている。

「旧家には格式の高い、きびしい倫理の血が流れているが、同時にそれと矛盾して、濃い淫蕩の血も流れているものである。崩壊の感覚と抑制の意志と、この二つのものが互に戦いを挑み、そして傷つくのだが、太宰の作品に血痕のように刻印されているのは、この争闘の傷痕である。頽廃の子という自覚とともにあるきびしい倫理観念、或は「家」における秩序の観念を見のがすことは出来まい。」(「太宰治の人と作品」昭和34年5月、12ページ)

「旧家」にある、「きびしい倫理」と「淫蕩」との「争闘の傷痕」、つまり社会的な秩序とそれに対する反抗の「傷痕」が、太宰の作品には刻印されているということだと思う。もちろん、それは単なる「反抗」ではなく、「きびしい倫理観念・「家」における秩序の観念」に対する愛憎の意識(「崩壊の感覚と抑制の意志」)だったことに注意するよう、著者は喚起しているようにみえる。

そして、身近に見た太宰の印象については、次のように描かれている。

「それに彼と話すのは、なかなか骨が折れるのだ。言葉のなまりこそ東北弁とはいえ、この繊細な神経家は、わずかな言い廻し、ふとした比喩、ちょっとした悪口にでもすぐ傷つくのだ。人の傷痕にふれることは、罪悪にはちがいない。他の話をしながら、無意識裡に人を傷つける場合もあろう。太宰にはそれがこたえる。親しいものほど悪人視される可能性が多くなる。彼は自分を理解してくれる人のないことをかこつが、もしよく理解してくれる人が出たら、彼はその人を最も憎むだろう。神経を余り使う必要のない、自分を甘やかしてくれるような、低能な女が、孤独者にはふさわしいのである。」(「太宰治の思い出」昭和23年9月、155ページ)

ここには、「自分を理解してくれる」「自分を甘やかしてくれる」人を求める、「孤独者」太宰治の内面の核心が描かれている。

著者が、距離をおいた位置から、また間近から描き出した太宰の姿は、太宰の作品を理解する手がかりを与えてくれる。


▲『無頼派の祈り』は絶版ですが、サイト「日本の古本屋」で見つけることができるかもしれません(2006年9月25日現在:21件あり)。
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