太宰治論を読む司馬遼太郎『北のまほろば』2008年3月24日 Tweet 「街道をゆく」シリーズの一冊。津軽と下北を旅しながら、土地の歴史や文化について語った本。この本には、太宰治と太宰の作品(おもに『津軽』)の存在が、基調低音のように響いている。たとえば、太宰の作品「富嶽百景」について、作者は次のように書いている。 「富士という山そのものをつかまえて孤独な酔漢が管(くだ)をまいているような――むろんそのおかしさこそ文学なのだが――作品で、やがて富士への擬人化がすすむうち、太宰が富士に擬している人がいるのではないかと疑わしく思えてくる。」(ワイド版190ページ) また、富士に対する主人公の態度について、「狼狽し、顔を赤らめた」「富士は、やつぱり偉い、と思つた」などと表現されていることに対し、作者は、「こんな言語例は、古今にない」(同191ページ)、「明治後、こんな文学作品はない」(同192ページ)とも述べている。 「富嶽百景」は好きな作品だが、富士に対する主人公の態度に、不思議な感じを抱いていたことも確かだ。たとえば、こんなふうに書かれている。
------------------------------------------------------------- 富士の擬人化、富士に擬している特定の人がいるというより、「富士」とは太宰がほかの作品で述べている、「世間」のようなもののことではないだろうか。そのことをこの本の作者は、次のように書いている。 「世を、太宰のように、一人の人物もしくは山に託して呪う」(司馬同193ページ) 「世」(世間)を富士=「一人の人物」に託していると、的確に捉えられているように思える。 太宰はこの時期、「世間」を他者や自分という、個人の中にあるものと考えていた。それで「世間」を託した富士に、人のように対面しているのではないか。そして、「世間」に対する気持ちが、妥協と反発の間を揺れ動いていたように、富士に対する見方も動揺している。 この時期の太宰はそれでも、生活的にはいちばん安定していた。主人公が富士に、「よろしく頼むぜ」「お世話になりました」と呼びかけているのは、「世間」を肯定して、生きていこうとする太宰の意志の現われのような気がする。
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