太宰治論を読む吉本隆明他『吉本隆明「太宰治」を語る』2010年8月10日 Tweet 1988年に弘前で行われた、太宰治に関する講演とシンポジウムの記録である。吉本隆明はシンポジウムの中で、「同時代的な読み方」だとして、つぎのように語っている(164〜166ページ)。
------------------------------------------------------------- 太宰治の場合、太宰個人の欲望や倫理が、否定的に語られることが多い。そして、太宰の作品も、そんな「個人の欲望」「個人の倫理」によって評価されていく。 吉本隆明は太宰が、「自分の文学は欲望のナチュラリズムの文学じゃないぞ、つまり、欲望の行為をじかに表現しているんじゃないぞ」と考えていたと、語っている。 そして、坂口安吾や織田作之助が、デカダンスを強調したような作品を描いても、エッセイとかスローガンでそういっているようにしか感じられないのとは違って、太宰の場合、「表現の様式としては、いつでもフィクションを媒介にしてい」ると、述べている。 太宰の場合、個人の欲望や倫理をじかに表現しているのではなく、フィクションを媒介にして、使命・義を表現しているという指摘は、太宰の評価を転換させる発言のように思える。 太宰治が現在に生きているとすれば、あるいはこれから甦るとすれば、こういう視点からであるような気がする。 (シンポジウムはDVD版にも録画されていますが、DVD版付属のテキストには収録されていません。)
|