1 『人間失格』論 (1/4)1/4、2/4、3/4、4/4 1 世間
手記の冒頭のこの箇所には、葉蔵の心的な傾向があざやかに示されている。葉蔵は、実利的な階段に過ぎない停車場のブリッジを「ずゐぶん垢抜けのした遊戯」と思い込み、地下鉄道という実利的なものを「面白い遊び」と思い込んでいた。また、敷布や枕カバーといった実用品を「装飾」と考えていた。実用・実利に密着した生活をしている人を、葉蔵にならって「人間」と呼ぶなら、「人間失格」とはそうした生活から逸脱してしまう人のことでもあった。それは世間の規範(実用・実利)を、情緒的(遊び)にしか感取することができない人のことだった。 大人になるということは、遊びの場面を時間的・空間的に限定していくことである。だが葉蔵にはそれができない。葉蔵は手記の冒頭で、情緒的な関係を過度に求める人物として性格づけられている。人は共同的な規範性を媒介としない限り、他者と関係を結ぶことができない。他者との共通性が、他者を理解する基盤になっている。しかし、世間の規範を情緒的にしか感取できない葉蔵にとって、他者の内面は、うかがい知ることのできないものとしか感じられていない。
葉蔵は、自己の内面から類推して他者の内面にたどり着くという方法で、他者を理解することに自信が持てない。それで、他者の内面が「わからない」とくり返し述べることしかできない。その結果、「自分ひとり全く変つてゐる」と他者との違いだけが過剰に意識され、他者に「何を、どう言つたらいいのか、わからない」という状態に追い込まれていく。 他者との会話は、家族との関係(根源的には唯一の濃密な関係である母性との関係)で獲得される関係性に支えられて成り立っている。母性との非言語的な関係性が、言語を媒介とした、「わかる」という人と人との関係を支えている。母性との非言語的コミュニケーションの希薄だった葉蔵は、言語的コミュニケーションの困難さにぶつからざるを得なかった。 2 道化
葉蔵は自分が、「所謂『生活』の外」にはみ出してしまっていることを自覚していた。そして、道化によって笑わせていれば、人間たちの目障りになることもないかもしれないと考える。しかし笑わせることは、「無だ、風だ、空だ」というふうに存在することではなかった。むしろ、擬態である自己の姿を目立たせることによって、「所謂『生活』の外」にいる自己の姿をさらすまいとすることだった。道化とは、他者に依存してしか成立しない受動的なものだった。 また葉蔵には、「尊敬されるといふ観念」が次のように捉えられていた。
これはそっくりそのまま、道化の「定義」と考えても差し支えないように思える。道化も「尊敬される」ということも、他者に依存してしか成り立たないという理由で、いつでも反対のものに転化する可能性を孕んでいた。 「第一の手記」が、葉蔵という人物を総論的にとりあげたものとするなら、「第二の手記」「第三の手記」は、葉蔵が実際に世の中に出たときの、実践編とでもいえるものである。そこには、学校や世間とぶつかりながら、「恥の多い生涯」を送っていく葉蔵の姿が描かれている。 「第二の手記」は、葉蔵が東北の中学校に入学したところから始まっているが、やがてそこで、葉蔵の道化が「或るひとりの全知全能の者に見破られ」るという事件が起きる。「定義」が現実のものとなってきたのだ。鉄棒の練習のとき、葉蔵は幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつく。「すべて、計画的な失敗」だった。皆の大笑いになるが、竹一という「白痴に似た生徒」だけはその道化を見破り、葉蔵の背中をつついて、「ワザ。ワザ。」と低い声で囁く。「誰かひとりが知つてゐる」のだった。 葉蔵が「尊敬される」ということに与えた「定義」が、今度は、道化が見破られているのではないかという恐怖として語られる。
道化を演じるということは、「お道化」(人気者)という位置から転落してしまうのではないかという不安を、いつも感じ続けていなければならないことだった。 「尊敬される」ということが「定義」どおりに実現したときの反応も、道化の場合と同じである。それは、前期の自伝的な作品「思ひ出」(昭和8年)に、次のように書かれている。
小学生の「私」が「神妙ないい子」を演じるのも、中学生の「自分」がクラスの人気者を演じるのも、恐れていた「人間」(世間)と関係を結んでいくための方策に過ぎなかった。そして、演技を見破った者の死を祈るほど恐れなけらばならなかったのは、そうした位置から転落して、「人間」から孤立してしまうのではないかということだった。 道化は他者に依存してしか成り立たない。しかし他者はいつ注目するのをやめるか知れない。東京の高等学校に入学した葉蔵が目にしたのは、他人のことなど歯牙にもかけようとしない周囲の存在だった。青年の頭の中は自分のことで満たされていて、他人の道化にかまけている余裕などなかった。「教室も寮も、ゆがめられた性欲の、はきだめみたいな気さへして、自分の完璧に近いお道化も、そこでは何の役にも立ちませんでした」と言う葉蔵には、他者と交わる方法が何もなくなっていた。 3 堀木
これが、父の別荘に移ってから堀木と出逢うまでの、葉蔵の東京での生活である。葉蔵は社会から孤立した生活を送っていた。そんな時、葉蔵の孤独の匂いを嗅ぎ付けて、堀木が接近してくる。画塾ではじめて逢った時の堀木のスタイルは、堀木の存在を象徴していた。
堀木は「画学生」という非社会的な存在として、また、「ちやんとした背広を着て、ネクタイの好みも地味」という社会的な存在として、二重に存在していた。それで、社会から孤立していた葉蔵と結び付き、葉蔵を社会に橋渡しすることができたのである。 葉蔵の「人間恐怖」は、東京に出てきてからも改まらなかった。電車の車掌が恐ろしく、歌舞伎座の案内嬢が恐ろしく、レストランのボーイが恐ろしく、それで、「一日一ぱい家の中で、ごろごろしてゐた」のだった。葉蔵は、堀木を介してはじめて世間と関係を持つことができるようになり、また、堀木に教えられた「酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想」によって、はじめて他者と関係を持つことができるようになる。
孤立していた葉蔵を世間に橋渡しすることが堀木の役割だった。勘定を払う時の恐怖は、堀木に財布を預けることで雲散霧消し、恐れていた「人間」とかかわりを持つ「手段」は、堀木によって与えられる。葉蔵は誘いを待っていたかのように堀木と結び付いていく。 やがて葉蔵は、堀木の手引きによって世間に出ていき、世間から指弾されるような様々な事件を引き起こすことになる。葉蔵が事件を起こす直前には、必ず堀木が現れる。堀木とは、〈事前に現れる人〉である。堀木は葉蔵を世間に連れ出し、葉蔵に事件を起こさせ、最終的には葉蔵を世間の外に追放する。 4 淫売婦と左翼思想
葉蔵は女性を、「男性よりもさらに数倍難解」(第二の手記)と考えていたから、「人間でも、女性でもない」、「白痴か狂人」のようにしか見えない「淫売婦」のふところの中でしか、安心してぐっすり眠ることができなかった。世間に流通している規範を介して「人間」と関係を結ぶことができない以上、こうした、心と心がじかに感じあえるような情緒的関係が求められていくことは必然だった。そして、「淫売婦」とのそうした関係は、言語的コミュニケーションを欠いているという理由によって、彼女たちを「白痴か狂人」のように見せざるを得なかった。いうまでもなく、母性(「マリヤの円光」)の再現である。 「淫売婦」が葉蔵に示す、「何の打算も無い好意、押し売りでは無い好意」は、「同類の親和感」によるのだろうか。ここでは葉蔵の夢が語られているだけだ。「打算も無い好意」は打算に、「押し売りでは無い好意」は押し売りに、いつでも転化する可能性を秘めていた。だから、「女達者」という匂いがつきまとってきたと堀木に指摘されるだけで、葉蔵は、「淫売婦」と遊ぶことにも覚めてしまう。 「左翼思想」の場合も事情は変わらない。
「地下運動のグルウプの雰囲気が、へんに安心で、居心地がよく、つまり、その運動の本来の目的よりも、その運動の肌が、自分に合つた感じなのでした」と述懐する葉蔵には、どんなところからも親和的な「雰囲気」を感じとりたいという強い願望があった。そのことは、暖かく抱擁してくれる家族性というものに対して、深刻な飢渇感を抱えていたことを物語っていた。 また「世の中の合法」が、「窓の無い、底冷えのする部屋」として、独房(非合法)を想起させるものとしかイメージされていないように、この作品では、家族性を象徴する家や部屋が寒さを感じさせるところとしかイメージされていない。子供のころ家族と食事をともにした部屋は、薄暗くて肌寒いところ(第一の手記)でしかなかったし、後に若い妻(ヨシ子)と住むことになるアパートの部屋では、葉蔵を絶望の底に突き落とすことになる惨劇がひき起こされる(第三の手記)。手記の最後には、六〇に近い老女中と茅屋に住む、幸福も不幸もない葉蔵の暮らしが描かれている。このように、家や部屋は、暖かく抱擁してくれる家族性というイメージからますます遠のいていく。そのことは、作者が暖かく迎え入れてくれるような家族性を、最終的に断念したことを意味するのだろうか。 政治の世界は、親和的な「雰囲気」を楽しむような世界とは次元を異にしていた。しかし、葉蔵が地下運動に参加した動機は、そこが「居心地」よかったためで、「必ずしも、マルクスに依つて結ばれた親愛感では無かつた」のである。だから、中央地区のマルクス学生の行動隊々長となり、P(党)から「次々と息をつくひまも無いくらゐ、用事の依頼が」くると、地下運動も「世の中の合法」と同じように、桎梏以外のものとは感じられなくなる。
逃げることは、「人間」(世間)と直面することを回避しようとする、葉蔵の習性のようなものだ。そして死は、逃げることの延長と考えられていた。ツネ子という女のところに逃げ込んだ葉蔵は、「高等学校へ入学して、二年目の十一月、自分より年上の有夫の婦人(ツネ子・引用者)と情死事件などを起し、自分の身の上は、一変しました。」と書いているように、境遇を「一変」させる。 5 ツネ子
葉蔵はツネ子の傍にいるだけで、「震へをののいてゐる心」がしづめられるのを感じる。また、ツネ子に「安心してゐる」ので、「お道化など演じる気持も起らず、自分の地金の無口で陰惨なところを隠さず見せて」も平気だった。そして、ツネ子が語る身の上話を聞いて、つぎのような感想を持つ。葉蔵が希求していた、人との関係の特徴をよく示している箇所だ。
「女の身の上噺」よりも、「侘びしい」という一言の呟きのほうに共感をそそられると、葉蔵は言う。ツネ子は葉蔵に、葉蔵より二つ年上であること、広島で床屋をしていたが昨年夫と東京へ出てきたこと、夫が詐欺罪に問われ刑務所に入っていることなどを物語る。「身の上噺」とは、自分の境遇を他者に理性の言葉で伝えようとすることである。それは聞き手に、語り手との違いを確認させ、距離感を覚えさせる。しかし葉蔵は、そうした関係を望んでいたわけではなかった。いつでも親密な関係が一気に訪れるのを望んでいた。だがそのことは、言葉による伝達を拒否しているのにひとしかった。だから葉蔵は、他者(ツネ子)の話に「馬耳東風」の態度で接するよりほかなかったのである。言葉による時間的関係 (「身の上噺」を理解しようとすること)を経ずに、言葉によらない空間的関係(情動的に結びつこうとすること)を一気に実現させようとすること、これが、「身の上噺」には無関心であっても、「侘びしい」という一言で他者と結びつこうとする葉蔵の心的な特性である。 「侘びしい」という一言を呟きたかったのは、ほんとうは葉蔵自身だったに違いない。そう考えなければ、ツネ子に寄り添うとその気流に包まれ、恐怖からも不安からも離れることができたという葉蔵の気持ちも理解できない。なぜなら、侘しさを身にまとっているツネ子のほうが、寄り添い包まれたいと願うのが自然だからである。人間(世間)恐怖から解放され、無限に癒されたいという葉蔵(作者)の願望が、こうした表現をとらせている。 ツネ子の部屋に二度目に泊まった翌日の夜明けがた、ツネ子の口から「死」という言葉が出て、葉蔵もその提案に気軽に同意する。だがその時にはまだ、実感として「死なう」という覚悟はできておらず、どこかに「遊び」の気持ちがひそんでいた。その日の午前、ツネ子と喫茶店に入って牛乳を飲んでいた葉蔵は、がま口の中に「銅銭が三枚」しか入っていないことに気づき、「これが自分の現実なのだ、生きて行けない」とはっきり思い知らされる。さらにツネ子は、そのがま口をのぞき込んで、「あら、たつたそれだけ?」と無心の声を発する。葉蔵は、「とても生きてをられない屈辱」を感じ、「みづからすすんでも死なうと、実感として(原文は傍点・引用者)決意」する。 葉蔵にはツネ子の、「あら、たつたそれだけ?」という無心の声が、自分を非難する世間の声のように聞こえ、「はじめて自分が、恋したひとの声だけに、痛かつた」のだった。そのことは、「侘びしい」という一言に共感している心に、「身の上噺」が割り込んでくることに似ていた。この共感からの墜落が、葉蔵に死を決意させた。 6 ヒラメ 「人間の生活」「人間の営み」から逸脱してしまう振る舞い(情死事件)によって、葉蔵は社会的な制裁を受け、「人間失格」の烙印を押される。 自殺幇助罪に問われて、警察から検事局に行く時の様子は、次のように書かれている。
罪人として縛られるとかえってほっとする、と葉蔵は語っている。「情死事件」が招来する、世間の指弾や煩わしい事後処理などの一切から、徹底的に逃亡しようとしているからである。「罪人として縛られる」ということは、世間との関係を絶たれることだった。だが葉蔵には、恐れていた世間と向き合うことを免除されることでもあった。しかし不運(?)にも、葉蔵の自殺幇助罪は成立せず、起訴猶予となる。葉蔵は、現実が突き付ける厄介な問題に直面せざるを得なかったはずだが、「故郷から親戚の者がひとり駈けつけ、さまざまの始末をしてくれ」る。さらにもうひとり、後始末をしてくれる人物がいた。ここで登場するのがヒラメである。
ヒラメは、葉蔵の「学校の保証人」であることによって、葉蔵の「身元引受人」となる。また、葉蔵の「父のたいこ持ちみたいな役も勤めてゐた」ことで、父の意思を伝達する役目を負ってもいた。事実ヒラメは、葉蔵が仕出かした不始末を処理するために、葉蔵の父の意思を体現して現れる。ヒラメとは、〈事後処理をする人〉である。堀木が〈事前に現れる人〉であるのと対照的な存在である。堀木が「情死事件」の前に現れ、事件を誘発するような言葉(ツネ子に対して「こんな貧乏くさい女」)を差し挟んだりするのに対して、ヒラメは、その事件の後始末をするような存在だった。そのことは後日、自殺を図った葉蔵を見舞った時のヒラメの様子からも明らかである。
「このまへも、年の暮の事」とは、明らかにツネ子との「情死事件」(「十一月の末」の出来事)を指している。そして、ヒラメの不機嫌な顔や、「こつちの命がたまらない」という発言から、葉蔵の不始末の処理をし続けてきたヒラメの姿を思い浮かべることができる。 葉蔵は、堀木の手引きがなければ世間に出ていけなかったし、ヒラメの手助けがなければ自分が引き起こした不始末の処理をすることができなかった。後にヒラメは、堀木と面識を得ることになり、決定的な場面では葉蔵の父の意思を体現して二人一緒に登場する。 『人間失格』論(2/4)に続く |