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 埋草コラム

2001.5.11
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連休の正しい過ごしかた
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ぼーっとしてだらだらしていること、
連休ってそんな過ごしかたしか
できないのではないかと、
連休が終わってから本気で考えている。

連休になったらあの本を読もう、
部屋のかたずけをしようなどと、
いろんな計画を立てていたのだが、
結果的にはぼーっとして
だらだらと過ごしていただけである。
でもそうしようとしてそうなったのと、
結果的にそうなったのでは、
まるで違う。

連休というのはだから、
ぼーっとしてだらだら過ごすためにあると
考えたほうが、
精神衛生上はいいのではないかと、
いまごろになって感じている。
あるいはいっそのこと、
自分の時間だと思わないほうが、
気が楽になるのではないか。

連休のように自由に使える時間を、
自由自在に使いこなすのって、
私なんかには
とても難しいことのように思える。
自由に使える時間がたっぷりあって、
「いつでもできる」と思うと、
「いまはやらない」という気持ちにすぐ傾いてしまう。
「いまやる」という気持ちにさせるのは、
むしろ日常生活の瑣事に追われていて
忙しいときである。
そんなときのほうが、
うまく時間を使えるような気がする。

かりに時間が無限にあるとすれば、
つまり、
永遠に年をとらないものとすれば、
「いつでもできる」のだから、
「いまやる」という気持ちにはまずならないと思う。
1年後にやろうとか、
369年たったらやろうとか、
4億3千万年後にやるぞとか思うことも、
もちろんないに違いない。

というよりも、
昨日とか今日とか明日とかいう、
時間の感覚がなくなってしまうのではないだろうか。
タイクツでオソロシー世界だ。
そうなったら、
どうでもいいことだけど、
「明日があるさ」という歌が歌われることも
ないのである。

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