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 埋草コラム

2001.8.6
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糸井重里著『インターネット的』から貰ったもの
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糸井重里さんのホームページ、
『ほぼ日刊イトイ新聞』を見て、
自分もホームページをつくってみようと
思った人は、
たくさんいるのではないかと思う。
私もそんな一人だ。

『ほぼ日』のスタートは1998年6月だから、
私がホームページを見はじめた時期と
ちょうど同じだ。
私にとって、ホームページとは、
最初から『ほぼ日』のことだったし、
いまでもそうあり続けている。

だから、
ホームページの標準的なスタイルだと
思っていたことが、
『ほぼ日』独自のスタイルだったりする。
今度、
『インターネット的』(PHP新書)という、
糸井重里さんの新しい本を読んで、
改めてそのことを感じた。

たとえば、
この「埋草コラム」のスタイルは、
『ほぼ日』の糸井さんの、
「ダーリンコラム」
のスタイルをなぞっている。
というか、
「ダーリンコラム」の形が、
私には標準的なスタイルに
見えていたのである。
でもこの形は、
『ほぼ日』独自のスタイルなのかもしれないと
思えてきた。

というのはこの本で、
『ほぼ日』式改行スタイルというのを
知ったからである。
『ほぼ日』の文章には、
横組みで27字詰め、
音読して意味が通じるような改行、
という決まりがあるそうである。
そしてこのスタイルは、
試行錯誤を重ねて
生み出されたものだという。

この、
『ほぼ日』式改行スタイルというものを、
私などは、
ホームページの標準的なスタイルとしか
考えてこなかった。
だから、
「太宰治が散歩していた船橋の神社を探して」は、
半分は無意識のうちに、
このスタイルに準じていたように思う。

こんなふうに、
書き方のスタイルひとつとっても、
『ほぼ日』は私の中で、
ホームページの標準となっている。
もちろん、
スタイルだけではない。
『ほぼ日』が大事にしているという
次のような原則を、
私も大事なものと考えていきたいと思う。

「もうひとつ、大事にしたい原則は、
”わからないことは言うな”ということです。
わからないんだけれど、言うと偉そうなこと、
わからないなりに言ったら正しそうなこと、
という発言は、
ついやりたくなるわけです。
もう、無意識でしたと言い訳したいくらいに
スラスラと出てしまう。
それは、
とてもイケナイことだと思っているのですが、
ときどきチェックしないとやらかしてしまいます。
「こういうむだ遣いのつけは、
必ず国民に回ってくるわけですから、
しっかり監視していきたいですね」とか、
ほんとかいってなことを、
平気で言うもんなぁ、みんな。」
(『インターネット的』167ページ)

太宰治の作品は読む者に、
自分だけに語りかけている、
自分だけが理解者だと
思い込ませるような性質を持っている。
ホームページも同じように、
自分一人だけに語りかけていると
思わせるところがある。
一対多ではなく、
一対一と感じているわけです。

だから、
「わからないんだけれど、言うと偉そうなこと、
わからないなりに言ったら正しそうなこと」
は、
通用しないと考えた方がいいのかもしれない。
一対一ではだれも、
偉そうなことや正しそうなことを
求めることはないのだから。

そんな一対一の関係が
積み重なっていくイメージを、
私は糸井さんの
「つながり」というコトバから、
そして、
「Only is not lonely .」というコトバから、
感じとりたいと思っている。

『ほぼ日』やこの本から貰ったものは、
数えきれないほどたくさんあります。
こんな形で少しづつでもお返しできれば、
それもまた、
「インターネット的」なことかもしれないと
考えています。


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糸井 重里
4569616143

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