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 埋草コラム

2001.12.14
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だんだんきれいになる
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記憶があやふやで自信がないが、
女の人がほんとうに美しく輝いているのは、
一生のうちで六ヶ月くらいしかない、
というようなことを
高村光太郎が書いていたような気がする。
三ヶ月だったかもしれない。
そのことが、
なんとなく気になっていた。

出会いとか、
関係とかいうものにも、
鮮度があるということではないのか。
出会って六ヶ月(三ヶ月?)くらいは、
生き生きとした関心を持ち続けていられるが、
その後は鮮度が落ちるということではないか。
美しく輝いているのは、
そんな短い間だけなのかもしれない。

そのことは、
「遠い」人が「近い」人になるという、
人との距離感の問題かも知れないとも思う。
「遠い」人が「近い」人になる瞬間って、
ほんとうに新鮮なものですね。
でも、「近い」人になりきってしまえば、
新鮮さは失われていく。
異性でも同性でも同じような気がする。

人と人が出会って、
「遠い」人が「近い」人に「なる
六ヶ月(三ヶ月?)くらいの間が、
人が輝く瞬間であると
いえるのではないだろうか。
その後は、
「近い」人で「ある」ことしかできない。
ある」ことは持続するが、
なる」ことは瞬間的な出来事だ。
そんな瞬間が、
六ヶ月(三ヶ月?)の意味では
ないかとも思える。

そしてそんなふうに、
ほんとうに輝くような出会いは、
一生に一度しかないのかもしれない。
そうであれば、
一生のうちほんとうに輝いているのは、
ほんの短い期間であるといえる。
二回目、三回目の輝きは、
やっぱり一回目には
かなわないような気がする。

でも、
ほんとうに美しく輝いているときなんて、
一生に一回で
充分なのかもしれないとも思える。
その後は、
「近い」人との「近い」関係が、
静かに持続していくことに
意味があるのかもしれない。
光太郎だって、
あなたはだんだんきれいになる」と、
『智恵子抄』でうたっているのだから。


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高村 光太郎
4101196028

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