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 埋草コラム

2002.1.1
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気分に流されない気持ちを……
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ウキウキしているときは、
過去も未来も明るく見えるが、
気持ちが沈んでいるときには、
過去も未来も暗くしか見えない。
いま」の気持ちが、
過去や未来を支配している。

だから、
過去を語ることは「いま」を語ることだし、
未来を語ることは「いま」を語ることだ。
そして、
そんな「いま」の気持ちは、
しょっちゅう変わる。
ということは、
過去や未来もしょちゅう変わる、
ということになりそうです。

過去の事実を語っているようでも、
そこには必ず
いま」の気持ちが入り込んでいる。
変な話かもしれないけれど、
過去の事実だって、
いま」の気持ちが変われば
変わってしまう。

シアワセそうだったカップルにしたって、
一度冷めてしまえば、
そんな時期があったことさえ
忘れてしまうかもしれない。
いま」の気持ちが冷めていれば、
そんな過去のシアワセな気持ちを
甦らせることは不可能だし、
つきあっていたという事実だって
忘れてしまうかもしれない。
そのシアワセな時期がどんなに長くても、
いま」の気持ちが冷めていれば、
過去のシアワセな気持ちなんて、
甦ってはこない。
残念なことだけれど、
そういうものだと思う。

だから、
過去や未来を語ること(語らないこと)は、
いま」を語ることでもあるし、
語る人そのものを語ることでもある。
過去や未来は、
語る人とともにしかないから、
過去や未来を語ることはむずかしいし、
語られた過去や未来を
理解することもむずかしいと思う。

そして、
そんな変わりやすい「いま」の気持ちに、
過去や未来をゆだねていることになる。
だから「いま」の気持ちを、
いま」の気分によって流されないようにしたい、
というのが
今年できればいいと思っていることです。
けっこう普通のことで、
すみません。

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